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アフリカの小児の昏睡では、マラリアと非マラリアの鑑別に眼底検査が有効である

ウガンダの4歳女児の昏睡

現病歴

雨季の東ウガンダの農村での症例。
それまで健康だった4歳女児が、事故救急部(Accident and Emargency: A&E)にやってきた。父親の話では昨日まで元気だったとのことである。
午後からひどい頭痛に襲われ、夕方には悪寒戦慄が出現した。父親はこの地域でよく見られるマラリアの一種であると考え、翌朝に村の保健所に連れて行くことにしていた。子どもはぐっすりと眠っていた。
午前5時、家族が目を覚ますと、少女はけいれんしていて、けいれんは10分ほど続いた。家族がA&Eに到着するまで4時間かかり、その間少女は覚醒しなかった。最近の頭部外傷歴はなし。この子が病気になるような他の原因として、家族には思い当たるものはない。

身体所見

体温38.7℃、脈拍150bpm、呼吸数36回/分、血圧98/40mmHg。項部硬直や黄疸はない。毛細血管リフィルは正常である。呼吸に伴う鼻翼の膨満あり。Blantyre Coma Scaleは1/5。瞳孔は2mmで対光反射あり、眼球運動は眼球回頭性手技で正常である。直接眼底鏡下での乳頭浮腫はない。刺激により一時的に除脳姿勢をとる。心音はギャロップリズムを示す。肝臓は右肋骨縁下2cm、脾臓は左肋骨縁下4cmで触知する。ブドウ糖の迅速検査は正常である。

検査結果

検査結果は表4.1に示すとおりである。

Table 4.1

クエスチョン

  1. 鑑別診断はなにか?

  2. 追加で必要な検査は何か?


ディスカッション

ウガンダの4歳の女児、意識不明の状態で病院に運ばれた。神経学的な局所徴候なし、項部硬直なし、肝脾腫あり、マラリア迅速診断テストが陽性。血液検査では貧血と血小板減少が確認された。

クエスチョン1の答え

昏睡の最も重要な病因は、脳マラリア急性細菌性髄膜炎ウイルス性脳炎、中毒(特に有機リン)である。代謝異常(低血糖腎不全肝不全)、非けいれん性てんかんは、昏睡の主因であるか、これらの感染性および毒性病因を合併している可能性がある。頸部硬直はないが、深い昏睡状態にあるため、この臨床所見の信頼性は低い。頸部硬直がないからといって、臨床医は髄膜炎に対する疑いを低くしてはならない。迅速検査で低血糖はみられず、意識障害の原因ではないと考えられる。また、最終発作から4時間経過していることから、けいれん後の状態の可能性も低い。

世界保健機関(WHO)は、脳マラリアを「マラリア寄生虫血症の患者におけるその他の原因不明の昏睡」と定義している。しかし、マラリアが最も多く発生している地域では無症状の寄生虫が多く、鑑別診断は多岐にわたるため、この臨床診断は非特異的である。

マラリアが多く発生する地域(雨季のウガンダ農村部など)に住む人々は、マラリアに感染したハマダラカ属の雌の蚊に頻繁に刺される機会がある。この場合、最初は臨床的な疾患(非複雑型マラリアまたは複雑型マラリア)になるが、繰り返し感染することにより、無症状の寄生虫血症の状態になることがある。そのため、アフリカの小児の昏睡では、マラリア迅速診断検査(RDT)が陽性であっても、マラリア以外の病因を否定することができない。寄生虫血症のアフリカの小児では、直接もしくは間接眼底検査が、マラリア性と非マラリア性の昏睡を区別するのに有効である(Summary Box参照)。

クエスチョン2の答え

マラリアRDTが陽性であっても、細菌性髄膜炎を除外するために腰椎穿刺を行う必要がある。可能なら、脳波を測定して、非けいれん性てんかんを除外する必要がある。より高度な臨床検査(クレアチニン、電解質、ビリルビン)が有用であるが、マラリアが最も流行している地域では、オーダーできることはまれである。

マラリア網膜症を評価するための眼底検査が有用な場合がある。1つ以上の網膜所見(網膜の白化、出血、オレンジ色の血管、乳頭浮腫の有無)があれば、急性疾患の病因はマラリアであると考えられる(図 4.1)。

図 4.1 マラリア網膜症の症状である白心出血と網膜白化(提供:Nicholas Beare博士)

網膜症を認めない脳マラリアの場合、昏睡の原因はマラリア以外の可能性が高い。網膜症陰性および網膜症陽性の脳マラリアは、菌血症、細菌性髄膜炎、てんかん、代謝異常を合併することがあるため、WHOの臨床的定義に基づく脳マラリアを発症したすべての患者に対して、マラリア以外の昏睡の原因(非痙攣性てんかんを含む)についてのワークアップが必要である。

症例の続き

腰椎穿刺が行われた。髄液は透明で細胞陰性であり、初圧は正常であった。血液培養を行い、散瞳剤を点眼して眼科的検査を行った。両眼に白色を中心とする出血が認められ、網膜症陽性の脳マラリアと診断された。

A&Eでアーテスネート2.4mg/kgを静脈内投与後、同病院小児科の高依存度部門に入院し、バイタルサインと血清グルコースを頻繁にモニタリングした。アーテスネートは12時間後と24時間後に投与され、その後1日1回投与された。脳波はびまん性の徐波を示したが、てんかん波は認められなかった。入院後12時間目に1回の短時間(1分)の全身性発作があったが、自然に消失し、再発はなかった。入院40時間後のBlantyre Coma Score は4/5であった。入院5日目に退院し、4週間後に神経科クリニックで経過観察を行う予定となった。

図4.2 マラウイ、ブランタイヤ、クイーンエリザベス中央病院に入院した脳マラリアの乳児(提供:James Peck氏)

SUMMARY BOX:脳マラリアとマラリア網膜症

脳マラリアとは、マラリア原虫に寄生された患者が原因不明の昏睡状態に陥ることをいう。マラリアは年間約45万人の命を奪い、その大半はサハラ以南のアフリカに住む6歳以下の子供たちで、その多くは脳マラリアである(図4.2)。

アフリカの小児で寄生虫血症があり昏睡状態にある場合、マラリアとマラリア以外の病因による昏睡の鑑別には、直接または間接的な眼底検査が有用な場合がある。

剖検研究では、生前のマラリア網膜症の同定は、死後の脳血管内の寄生赤血球確認をスタンダードとした場合に対して、95%の感度と100%の特異度を有していた。脳血管内で原虫が寄生した赤血球が確認されることは、脳マラリアの病理学的特徴であり、急性マラリア感染が患者の病因と死因に関与していた可能性が高い。これらの剖検研究では、WHOの脳マラリア臨床基準を満たしながらマラリア網膜症を発症していない(網膜症陰性の脳マラリア)小児は、剖検時に全身性感染症(肺炎)やReye症候群などマラリア以外の病因で死亡していることがわかった。一方、網膜症陰性の脳マラリア患児を対象とした疫学的モデリング研究では、マラリア感染そのものによる疾病の帰属率は少なくとも85%であることが示されています。網膜症陰性(脳)マラリア患児のうち、昏睡のマラリア以外の病因を持つ患児の割合はまだ不明である。

治療の柱は抗マラリア薬、集中的な支持療法、マラリア以外の感染性および非感染性の疾患の診断と治療である。専門病院であっても、脳性マラリアの症例致死率は15%〜25%と高い。生存者の3分の1は、てんかん、認知障害、注意力障害、行動障害などの神経学的後遺症が残る。

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