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「アジアのピカソ」画家・申順南に取材したドキュメンタリー映画 『空色の故郷』〜中央アジアへの高麗人の強制移住の歴史〜

ウズベキスタンの朝鮮系ロシア人3世の画家、신순남(申順南, シン・スンナム, 1928〜2006) 、ロシア名Nikolay Sergeyevich Shin(ニコライ・シン)に取材したドキュメンタリー映画 『空色の故郷』(하늘색 고향,Sky-blue Hometown)。

スターリンは1937年、ウラジオストクや朝鮮独立運動の拠点である沿海州(安重根も沿海州で抗日義兵を組織した)に住んでいた約17〜20万人の朝鮮人(高麗人)を中央アジアへと強制移住させた。そしてソ連人として生きることを強要した。高麗人は食べ物も住居も無いまま厳冬を迎え、凍死・餓死した者も多かった。そんな苦難の歴史を経て、現在の高麗人が存在している。高麗人は現在、ロシア・ウズベキスタン・カザフスタンなどに分離して約50万人が暮らしている。旧ソ連の崩壊という混乱を乗り越え、経済発展した最近になって生活が落ち着き、経済、芸術、教育、医療など多くの分野で人材を輩出している。バンクーバー五輪フィギュアスケートのカザフスタン代表を務めたデニス・テン選手も高麗人だ。1980年代に旧ソ連で活躍したロックバンド「キノー(Kino)」のボーカルを担当したヴィクトル・ツォイ(Viktor Tsoi)もロシア生まれの高麗人で、28歳で事故死したが、現在でもロシア語圏で人気が高い。

19世紀後半、農地不足と支配層の収奪で飢えに苦しんでいた咸鏡道の朝鮮人が豆満江を渡ってロシアの地を踏んだ。当初は「朝鮮人」、後に「高麗人」と呼ばれる彼らがロシア側文書に正式に登場するのは、1864年9月21日のことである。それは強制ではなかった。1937年、第二次世界大戦の前でロシアも戦争の準備をしており、満州に日本軍がいたのでソ連はそれを脅威に感じていた。強制移住の建前は、戦争開始時に国境地帯で外国人を置くのはスパイ活動などを考えると危険だというものだったが、本音は中央アジアを開拓したかったということである。中央アジアは元々遊牧民族の土地で、一つの地域に定住する民族ではない。そこに農業を中心とする民族を送り込んで開拓したいという考えがあり、元々農耕民族だったコリアンが強制移住犠牲者の第一号になった。

その中に、9歳の少年シン・スンナム(ロシア名ニコライ・シン)がいた。やがてウズベキスタンの美術学校を卒業し、画家となった彼はこの強制移住の悲劇と高麗人のその後の過酷な運命をキャンバスにぶつけずにはいられなかった。ソ連解体まで生き抜いた強制移住経験者のいくつもの証言を交えながら、後に「アジアのピカソ」と呼ばれるようになる巨匠の圧倒的な力を持つ傑作「레퀴엠(レクイエム)」と、静かな、しかし限りなく深い画伯の想いに迫るドキュメンタリー映画。

作品:映画『空色の故郷』(2001年、93分)
監督:キム・ソヨン(金素栄)監督
製作:韓国
言語:韓国語、ロシア語(日本語字幕つき)
解説:中央アジアにおける高麗人について研究しておられる李真恵さん(京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科)

「朝鮮系ロシア人2世の芸術家ニコライ・シン(シン・スンナム)の物語と絵を通して、忘れられていた1937年のスターリンの強制移住政策が引き起こした悲劇が生々しく再現される。朝鮮系ロシア人は、行き先も知らないまま強制的に移住列車に乗せられた。時には、水も食料もトイレも無い列車に20日間も揺られねばならなかった。当時9歳だったニコライ・シンと他の生存者たちは、先に死ぬのは子供と老人だったことなど、若いころの辛い記憶を辿る。30才そこそこの韓国の女性新人監督が35mmフィルムで撮影した、この壮大なドキュメンタリーは、まさに珠玉の作品である。」(山形映画祭2001カタログより)

【監督のことば】旧ソ連や中央アジアの少数民族として、韓国朝鮮系の人々が耐え忍んできた傷や恨(ハン)の苦難を表現するよりはむしろ、歴史に翻弄されてきた人々の真剣な願い、そしてその失われた夢を、今の時点で伝えたいと思った。
http://www.yidff.jp/2001/cat043/01c064.html

①1994年に放映された韓国のMBCドラマ『까레이스키(カレイスキー)』。中央アジアに強制移住させられた高麗人たちの受難史を扱っている。

② 1991年、まだソ連だったカザフスタンの朝鮮語・ロシア語併用新聞『レーニンキチ(レーニンの旗)』の主要記事を翻訳した本『在ソ朝鮮人のペレストロイカ』。1937年、スターリンの民族政策によりロシア沿海州から中央アジアのカザフスタンに「強制移住」された18万人の朝鮮人(高麗人)の苛酷な歴史を伝えている。
【内容】朝鮮人移住民――初期の歴史から/極東からの移住は国家の賢明な政策/極東の生まれ故郷の村を再訪して/強制移住は日本帝国主義の策略/愛国将軍・洪範図の足跡 ほか

③岡奈津子さんの本。以下の論文も役に立つ。
「ロシア極東の朝鮮人 -ソビエト民族政策と強制移住-
岡  奈津子 」
http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/publictn/45/oka/oka1.html

「デニス・テン選手を悼んで――フィギュアスケーターの死がカザフスタン社会に問いかけたもの」岡奈津子
https://www.ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Column/ISQ000001/ISQ000001_002.html

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