https://www.facebook.com/notes/721068045145831(メモ)「うばたけ」について



●乳母嶽明神(うばたけ みょうじん)/居多神社境内の外

https://goo.gl/maps/E9m6sDr2EuK2



●乳母嶽神社 (うばたけ じんじゃ)/ 上越市茶屋ケ原

https://goo.gl/maps/9Fr441Kh1P62

この神社の縁起はよくわからない。 奴奈川姫、源義朝の家来 野宮権丸(九?)郎、安寿と厨子王の乳母タケ、といろいろな伝説が語られている。 

鳥居脇に「諏訪社」の碑が建っているのは、やはり建御名方の母である奴奈川姫の縁か? (「 のち、村内の諏訪神社を合祀したため、境内には「諏訪社」の大きな社号標もある 」とのことだが。。)

ほか、不思議な紀行文も見られる 「乳母嶽神社と伝承の真実さ

これも参考に「伝承による 諏訪明神の母神 奴奈川姫命物語

また、上越、糸魚川あたりで 姥・乳母 が付く地名と 奴奈川姫には、深い関係がありそうだ。「糸魚川市 奴奈川姫の伝説




何故か「加具奴知命の扁額

この扁額に関しては「山の神、蛇神、カカ、カガ、カク、カグ、カゴ」  が興味深い。

私のノート「備忘録:オオカミとヘビ」も参照。



諏訪社の碑


●姥嶽姫命 (うばたけひめのみこと)/明静院

https://goo.gl/maps/GkmwEKtsGgR2








●乳母嶽神社 / 居多神社 境内社 

https://goo.gl/maps/qT3rRqXmfC62

居多神社の境内社は、 雁田神社・稲荷神社・乳母嶽神社の三社があるようだが、前者の二社は、祠がはっきりしている。乳母嶽神社がどの社なのか、はっきりしないが、境内にある祠で名前がわからないのが写真右の祠だけ。ということは、これが居多神社の境内社としての「乳母嶽神社」か? 雁田神社は、 安産の神様とのことなので、「うばたけ」伝説にも関係しているのかもしれない。

居多神社境内社 稲荷神社(左)、右の祠が乳母嶽神社か?

居多神社は、慶応2年まで、近くの身輪山(みのわやま)に鎮座していたとのこと(身野輪、身能輪とも)。身輪山には、明静院があり、その明静院の岩屋(建御名方出生の伝説地)に諏訪神社が祀られており、その式内社が「姥嶽姫命」。 

どうも、直江津近辺の「うばたけ」は、オオクニヌシ、ヌナカワヒメ、タケミナカタ の伝説まで遡る。さんせう太夫伝説の「うばたけ」は、その「うばたけ」と融合した?

●安寿と厨子王の供養塔

https://goo.gl/maps/mVg3HAUnp8z

この供養塔は、なぜか「安寿」「厨子王」と「姥竹」である。なぜ「母」でないのか?

由来を読むと「姥竹」の塔の脇に二人の供養塔を建てた、とある。ということは「ウバタケ」の供養塔が先にあった、ということだが、、、先にあったのは、姥嶽姫命を祀る塔だったのかもしれない。。





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