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マヤちゃんとタイトルの意味を考えた

 3月にスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが、名古屋出入国在留管理局の施設で死亡した。収容中に体調を崩し、満足な医療が施されないまま息を引き取った。このことがマスコミでも大きく報じられ、入管制度への関心が高まった。その時期に本書は「タイミングよく」出版された。8月下旬に発行され、10月上旬には再版になる反響ぶりだ。
 女子高生のマヤちゃんが語り手となって、小学3年生から高校2年生までの家族の歴史を「きみ」宛てに書き綴った物語である。夫を亡くしたシングルマザーの母ミユキさんが、8歳年下の青年と恋に落ちるが、青年は会社が倒産しクビになり仕事が見つからない。マヤちゃんの思春期の青春物語も横糸の様に編み込まれ、やがて3人は家族になる。これだけでも十分家族愛の小説になる。
 しかしミユキさんが愛した相手が、たまたまスリランカ人クマさんとなると、ビザの更新、不法残留、収容、仮放免など入管行政という重いテーマが入り込む。マヤちゃんがストーリーテーラーなので、難解な入管制度の問題点まで知ることができる。法律や制度を説明されてもつい聞き流すが、小説になるとマヤちゃんの親戚のおじさんになった気分で感情移入できる。直木賞作家・中島京子の緻密な取材に裏打ちされた文章のうまさによるものだろうが。
 マヤちゃん家族の裁判を手伝うハムスター弁護士こと恵耕一郎弁護士が登場する。モデルは指宿昭一弁護士。彼は外国人実習生の擁護が評価され、米国務省から「人身取引と闘うヒーロー」に今年選ばれた。ウィシュマさん遺族の代理人弁護士もしている。中島さんは彼から専門知識のアドバイスを受けており、物語に現実性が増している。指宿弁護士の父親は奄美出身者。恵弁護士の父親は高校生だった1949年に、米国の占領下にあった奄美から日本に密航したことをマヤちゃんに話す。国境とは何かを考える重要な場面である。
 日本という国は、国境を越え観光に来る外国人には微笑みかける。一方で、国境を超えてきた労働者にはうとましい顔を見せ、彼らの人権にも無関心。「やさしい猫」はクマさんがマヤちゃんに話してくれたスリランカ童話。日本はいつになったらやさしい猫、気づきの猫になれるのか。時代の証言といえる作品である。

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