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【zipper】どうしても言えなかったこと

その日は、産婦人科に行って、ちゃんと妊娠しているかどうか診てもらう日だった。そして、確認できたら引っ越し先に近い病院に移り、また新しい先生を探すことになっていた。

私がなかなか妊娠できない体質だったのもあって、しばらくお世話になった病院。ベテラン看護士さんと先生が見守る中、ウルトラサウンドで無事着床が確認できた。

看護士さんは「良かったわね!おめでとう!」と大きな笑みで力強く言ってくれた。そして先生はしっかりと私の目を見て「おめでとう!」と固く握手をしてくれた。

「はぁ~。これで、この病院も最後かぁ。」と、感慨深く、少し下を向いて床を見つめるはずだったのだが。。。

目線が床に落ちるその途中、「ん?」と一瞬目が止まってしまった。

先生のズボンのチャックが全開だったのだ。

さて、どうしよう?
①先生が自分で気づくのがベスト。
②看護士さんのいないところで私がそっと言えるのがいいかな?
③先生が自分のオフィスさえ出なければ、きっと看護士さんが気づくから、言わないでおこうか?

などと考えていると、
「どうした?」と先生に聞かれる。
「いえ、あの、何でもありません。」と動揺する私。
「何かあるなら、今言いなさい。」と看護士さんが追い打ちをかける。
心を決めて、「あの、チャックが・・・」と言うと、
2人とも「???」

あーっ!チャックじゃない!英語でなんて言うんだったっけ?と、頭が真っ白になっている私に、更に先生と看護士さんが追い打ちをかける。

「何か言えないなら、私が席を外そうか?」と看護士さん。私をじっと見つめる先生の眉間のシワもどんどん深くなってゆく。

チャックじゃなくて、何だったっけ?何だったっけ?
あーもうお手上げ!もうダメだ。

と、目線を先生のズボンに合わせて、看護士さんに目配せをした。

えっ、何?という表情で、看護士さんも先生も目を合わせては周りを見回す。

そして・・・「ジップアップ、プリーズ、サー。って言えばいいじゃない!」と、ようやく気づいた看護士さんが早口でまくし立てた。

先生は慌ててズボンのチャックを上げる。

「そうだよ、ジッパーが。とか、ジップアップ。とか言えばいいんだよ。」と先生。

あーそうだった、ジップアップだ。チャックじゃなくてジッパーだった。

まさかとっさに英語が出てこなかったとは思ってもみない様子。よっぽどシャイだと思われたらしい。

この微妙な会話と熱気で少し部屋の空気が暑くなった気がしたが、看護士さんにスッとドアを開けられ、全員部屋から出た。

さすがベテランだ。切り替えが上手い。

先生は、なぜかご機嫌だったようで、長い廊下や階段を私と二人で歩き、出口まで見送ってくれた。

どうしても言えなかったジップアップ。

もう二度と忘れることはないだろう。

(了)

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