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日比谷でゲシャしてゲイシャする


 2021年12月11日、世の中はコロナ禍からようやく抜けたか⋯⋯? と思いきや、オミクロン株の影に怯えつつも師走の土曜の夜の街を楽しむ人がごった返している。
 私もご多聞にもれず、紀尾井ホールにて女流義太夫と上方舞のコラボを観た後にバスにて日比谷まで戻ってきた。現在日比谷で約1ヶ月の仮住まい中の身である。仮住まいの予約をとった時はオミクロン株の「オ」の字も聞かなかった頃であり予約をとったのが直前だったため、とったその日からキャンセル料が発生するともなれば、生来の貧乏性とまあここでは割愛するが止むに止まれぬ事情もあり日比谷で借りぐらしをしておる最中の身である。
 ただ仮暮らしをするだけでは芸がない(誰も求めてはいない)、とここのところのもっぱらの私の趣味である珈琲の抽出と着物のトレーニングを兼ねさせてもらうこととした。どちらの趣味もとにかく必要なのは「回数」「慣れ」と「経験」である。日々の雑事から解放されただ己と向き合うだけでよいこの仮暮らし期間中はこの「回数」をこなすにもってこいの場所である。
 と言うわけで、仮暮らし先にはマイコーヒーミル(フジローヤル製『みるっこ』)とドリッパー、ドリップポットにコーヒーサーバーと冷蔵庫には珈琲豆を詰め込んだ。そして箪笥には着物と帯である。これだけ揃えば「着物を着て珈琲を点てるカフェの女将」のでき上がり。水屋仕事ができるようにと木綿の上っ張りと前掛けもバッチリ用意してある。

TV横のスペース。下は冷蔵庫が、引き出しには着物類が入っている。一番TVに近いところに置いてあるのは、備え付けのネスプレッソである。かわいそうだがこのまま肩身の狭い思いを1ヶ月過ごしてもらうつもりだ。

 私が普段買っている豆は「Direct Fire Roast環(以降DFR環と略させていただく)」の豆が99%を占めている。残り1%は「フレーバーコーヒー」の豆である。実は店名は違うものの、DFR環は豆をフレーバーコーヒーの店主とともに焙煎しているので出荷元は同じ住所だったりする。この辺りのシステムをフレーバーコーヒーの豆を愛飲している70代後半の私の両親にはなかなか上手く伝えることができず、もどかしい限りである。DFR環はスペシャルティーコーヒー豆を扱い、フレーバーコーヒーはコモディティのコーヒー豆を扱っているので違いを分かって欲しい⋯⋯。味で違いは分からず、「今まで空腹感を感じたことがない」(空腹中枢が壊れてるの意。決して裕福で食うに困らなかったと言う意味ではない!)と言う味音痴の父と、珈琲は胃に来るので時々しか飲めない母には味だけで判断してもらうと言うのも酷な話ではあろう。
 話が傍に逸れたが、とにかくここ最近家ではDFR環の豆ばかり飲んでいる=スペシャルティーコーヒーばかり飲んでいるというなかなかに罰当たりな生活を送っている。それもカフェイン耐性が弱く、1日に飲める珈琲の量が少ないせいで豆の消費が大して多くないから出来る芸当。また、DFR環の豆は一期一会。DFR環の代表が季節毎に「今焙煎したい豆」をテーマを決めて選び、焙煎度も変え、ブレンドするなら配合も変えてくるので同じ豆は唯一のレギュラーブレンドの「環ブレンド」しか飲めないというどの豆も「期間限定」ものばかりなので毎期全ての豆を買って飲みたくなるのはファンと心情としては正常だと思う。うん、正常、うん⋯⋯。
 ちょっと語尾が弱くなったが気にしないでいただきたい。お財布に優しくないのはなんだが、舌も脳も喜ぶ美味さなので許してもらいたい。お願いしますごめんなさい(誰に?)。
 そんなDFR環であるから、世に言う「高級珈琲」の代名詞「ゲイシャ」はもちろん何回も販売している。しかし、ここ数年は「来年も出るとは限らない」「今年で最後にするので今回は『Last  Geisha』と名付けました」とDFR環の代表は言うのだ。それと言うのも、年々ゲイシャ種の香味が落ちていると言うのだ。世の中はスペシャルティーコーヒーがもてはやされ、CoE(Cup  of Excellence)の何点の豆だなんだといい、とにかく生産が多いのは良いがゲイシャが世にデビューした頃の鮮烈な香味が減少していく傾向にあるのだと。代表はとにかく品質には厳しい。自分の焙煎する珈琲にも厳しい。せっかくテスト焙煎を重ね、本焙煎に漕ぎ着けても、試飲して見て納得がいかなければ製品化はしないのである。大抵それらの豆は「オマケ」としてそれは豪華な生豆なのにタダでつけられることが多いという太っ腹ぶりなので、この冗長な文章をここまで読んだ物好きな方は是非とも一度買ってみる、いや、サイトを覗いてみてほしい。
 で、去年はというと初めのうちは「今年もゲイシャは焼かない」と言っていた、うん、最初のうちはね。しかしである。それも名古屋は大須にある「松屋コーヒー本店」さんが「エスメラルダ農園」のゲイシャ、それもオークションロットを発売するまでのことだった。松屋コーヒー本店さんと、DFR環とフレーバーコーヒーは大変縁が深い。それもあって、松屋コーヒー本店が販売したオークションロットのゲイシャともなると代表も気になって買って(いや、松屋さんから譲られたのだったか?)飲んでみたところ、自分でも焙煎する気になってしまった。そう、それだけのポテンシャルが生豆にあったのだ。そうして去年もゲイシャは「Esmeralda Auction Lot Mix」と名付けられ販売された。MIXと言っても他種の豆をブレンドしたのではなく、焙煎度違いをMIXしたものだ。同じ生豆を焙煎度を2種類以上作り、それをブレンドしたのだ。しかもブレンドが均一になるように50gずつブレンドしたと言うのだから力の入れようが違う!

松屋式ドリップで淹れることを念頭に、50gずつの小分けでブレンド&個包装してある

 さすがに出来上がった珈琲は素晴らしい香味と味わい。まだまだ抽出のひよっこである私が淹れてもカップからは花のような香味と爽やかで抜けるように澄んだ酸味とかすかな甘味もフルーティーさも感じるものに仕上がっていた。珈琲好きの友人にも振る舞ったが、皆良い飲みっぷりを見せてくれ、評判も上々だった。私としても着物を着て「松屋式ドリップ」で珈琲を点てるという難業をこなせたので満足である。
 ちなみに松屋式ドリップは、ハンドドリップの中で最も難しいと言っても過言ではない淹れ方と言われている。しかし、松屋式ドリップで淹れた珈琲はとてもまろやかで優しい味になる。しかも胃にも優しい。正直珈琲を立て続けにお代わりして飲んだのは松屋式ドリップで淹れた珈琲は始めてである。

 さて、前置きはここまでにしよう。うん、そう、ここまで前置き。ごめん、ここまで辿り着くのにまさかの2,500字越え。ごめんなさい。そろそろゲシャしてゲイシャした話をしよう。


 さて、ここまでの私のコーヒー遍歴を読んでいただいた方にはお分かりだろう。そう、私は「ゲイシャ」を飲み慣れているのだ。うわぁ、カッコイイ(某読み)。うん、ちょっと書いてて恥ずかしいモジモジしてしまう。だが、毎年のように生豆が収穫され、輸入され、DFR環の代表が焙煎してくれればそのままの流れで買って飲んできた。だって、「代表が美味しいと思うものを売る」という姿勢で販売されている豆は、好みが合う私にとっては自動で美味しい豆を焙煎してくれる非常にありがたい店なのだ。私が苦労して生豆を手に入れてヘタの横好きで焙煎する必要がどこにあろうか? いや、ない!!

 そんな私が耳にはしていたが、どこにあるのかしかとは知らなかった「GESHARY  COFFEE」の店舗がバスを下車してすぐのところにあったのだ。待て、行きのバスの時にもこの店舗は目にしていた。「あーカフェあるねぇ、バスがなかなか来なかったらここの珈琲をテイクアウトして飲もうかなぁ」と頭によぎった程度ではあったが認識はしていた。しかしそれは昼間。帰りは夕方で師走であるからすでに日は落ちとっぷりと暗く、そしてネオンは明るさを発揮し私に見るように要求してくる。そしてやっと目に入った「GESHARY」の文字。元視力2.0の目を持っていたとしても、行きの時は着慣れぬ着物を着て、一時間に一本しか来ないバスに乗れるかどうかで頭がいっぱいだったのだ。帰りはクリスマス前のイルミネーションに心も躍るし、ライトアップされて変に威圧感を醸し出すゴジラ像にも目がいくのである。

やはりゴジラは東宝のロゴと一緒に撮るのが正解だと思うの


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