「性教育」の提案
私には16歳、高校2年生の長女がいます。時間がある時は二人で映画を観に行くなど、割と関係は良好だと思います。今回はそんな年頃の長女を通して見えてきた「性教育」の提案です。
長女は今、性の最前線にいます。性教育らしいことは家庭ではしていないですし、学校教育でも限界があるでしょう。その娘に何ができるのか心配になったことが提案のきっかけです。
性の実弾が飛び交う戦場にいて、無防備に立っていると思うと、何かしてあげられないかという思いと、性教育と現実の乖離に違和感を覚えました。
その戦場は出会いの場であり、善きものと悪しきものが入り混じっています。綺麗な性しか教えないのでは、これを見抜けない。
そして、この現状を社会はどう思っているのだろうか?と疑問に思ったのです。
そこで今回、私は幅広く意見を募る調査を行いました。そのテーマとして選んだのは「父親から娘にコンドームを渡すか、否か」です。
ギョッとしますよね。思春期の娘に、しかも男親から避妊具を…。
ただ、あえてこういう刺激の強いテーマを設定することで個人的な見地からも社会的な見地からもどういう反応があるのか興味がありました。
また現状、性教育に問題意識のない人にも刺激を強くすることで届きやすくなりますし、立ち止まって考えてもらえるのではないかと思いました。
娘を守ろうとする親のエゴだということも承知の上ですが、同じように思春期を向かえる子を持ち、モヤモヤしている方もいるかも知れませんので、このテーマで調査を試みました。
今回、2つの場でこの相談をしました。
そこでの反応をまとめながら、性教育に向き合っていきます。
■CASE1
「東京ポッド許可局」(TBSラジオ)
相談相手:男性2人
リスナー:私をよく知る
詳細:「東京ポッド許可局」という深夜番組で「性教育論」として話す。このラジオ番組は男3人がパーソナリティで、私の他に、まだ性にはほど遠い年齢の娘を持つプチ鹿島と、独身のサンキュータツオがおり、それぞれの「性教育」はどうだったのか、このまま学校教育では生命の神秘という超限定的な性を教え、あとはそれぞれにお任せ、ということだけで良いのか、という疑問を投げかけた。
「父親から娘にコンドームを渡す」という守備的な武器を持たせるぐらいしても良いのではないか、と提案。でも、それは同時に性の戦場に送り出すことにもなってしまう。そして、女性がコンドームを持っている時の男性側に漂う雰囲気もある。実にもどかしい、という話を理解あるメンバーとリスナーにも聞いて反応をみた。
反応:
プチ鹿島
【娘の性は今は考えられず、心を閉ざす。】
サンキュータツオ
【この中では娘の性教育に関してはリアルでない立場だが、コンドームを渡すことは否定的。】
リスナー
【こんな話をされて娘さんが可哀想】【父親をこじらせてる】【キモイ】【マキタパパ頑張れ】
という状況で、全体は不快感を示す反応が多かった。
■CASE2
「ジェーン・スー 生活は踊る」(TBSラジオ)
相談相手:女性2人
リスナー:私のことをよく知らない
詳細:ジェーン・スーさんはコラムニストでTBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」というお昼の番組を担当。前々から親交のある方で、この手の相談には適任の方。今回はその番組内のコーナーに私が出演。女性の立場である、母親として、娘としての意見を頂戴する形で「父親からコンドームを渡されたらどうか」と相談を持ち掛ける。
スタジオはスーさんの他に堀井美香アナウンサーの女性2人。リスナーもマキタスポーツって誰?という方も多そうで、性を語るには少し早い昼帯の放送。
反応:
堀井美香アナウンサー
【父親からコンドームを渡されたら、率直に引く】
スーさん
【渡すとしても同性の母親からが望ましい】【マキタさんが娘さんに何かしてあげたいと思うのであれば、コンドームを渡すことではなく、『男のずるさ』を教えた方が良い】
リスナー
【娘を所有物にしている】【マキタの株がストップ安だ】【番組の神経を疑う】【キモイ】【同じ父親として分からなくはない】
と、こちらも厳しい意見が圧倒的。
この2現場での反応を踏まえると、大概の人が「父親から娘にコンドームを渡す」ということには批判的で、拒絶すら生む状況でした。ある意味、予想通りでした。
これは性という「神聖なもの」という教育があり、そこに「父親」と「娘」という近くて遠い組み合わせで、且つ繊細さを感じない越権行為が拒絶を生んだのだと思います。
今回、「父親から娘にコンドームを渡す」という言葉を掲げましたが、私自身、さすがにそれはないと思います。
いざという時に親の顔がチラつけば、良からぬ性交渉の抑止力になっても、大切な性交渉まで抑止してしまうのは本望ではありません。
今回、我が家のことで言えば、スーさんの言うように「コンドームは母親から渡してもらう」ことが行える最大値だと思います。
しかし、今回、浮かび上がってきたのは性教育に関して保守的な反応が大半であること、男のずるさ教育という観点、学校の性教育と現実の乖離という問題が背景にあるように思えました。
「性交渉」の中には大切な人と育む「愛」もあれば、行きずりのSEXや金銭で取引されるものも存在しています。こうした恋愛とは切り離された「余ったSEX」の存在を教える機会や、そうした致し方ない欲が存在していることは現場で学ぶことしか用意されていないのが現状です。
次回は今回出てきた上記の問題を掘り下げ、余ったSEXについても詳しく書きたいと思います。
つづく。
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