ひょん20191104

ひょんなことから謎の面子で謎に遊んで過ごすとかあるんだなと思うし、人生は死ぬまでの暇つぶしだ

案外会話でのコミュニケーション初期段階を仕組みとして理解してしまうと人生が一気にイージーになって、もしかして高望みさえしなくてひっそりと生きていくなら、これ以上やることもないのかもしれない、ただこの状態に至るまでの経験の積み方を忘れてはいけなくて自分はそういう学びに至るまでが遅くて経験が足らなかったことを自覚するべきだと思うし、でもたぶんそーいう気づきに至るまでの知識とか情報とかもあんまりなくて、だから田舎生まれの閉鎖空間育ちと情報弱者な陰キャ具合をちゃんと自覚していつでも取り出せる場所に置いておかないと私はどんどん油断してクソになっていくから、いやもう十分クソなんだけど

ぜんぜん喋ったことのない後輩たちとどういうわけか人生ゲームをして、そのままご飯を食べに行って、二軒目に近くのバーに行って、そのあとは丁寧に麻雀を教えてもらって、あーにんげんとことん暇になったらそういう過ごし方もあるんだ、って、時間は拘束時間だけでは終わらないんだって ずっと行きたいなと思ってたバー、鬱で深夜に近所を毎日徘徊してたときに見つけて友達のいない私がどうやったら行けるかって考えてて、でもたぶん扉を開ける勇気のないわたしなんかでは一生行けないのかもって思ってたけど結構あっさり入ることができて、店も入ってしまえば金銭とサービスの需要供給関係だから、特段のものすごい緊張も気まずさもなくて、ああ人生って案外なんとかやりたいことはけっこう、言ってみればなんとかなるんだな、よかったなって思ったよ それにやっぱりまだ世界に知らないことはちゃんとたくさんあるし、ひとと会話すると現実にあったわけのわからない話がたくさん出てくるから、自分の世界に閉じこもるばかりじゃよくないと思ったし、想像力を超えてくるのは結構身近なにんげんの人生なんだなって思った にんげんはヘンであってほしい まだにんげんはおもしろい

気候のせいなのか、いまきっと私は躁なんだろうけど、鬱とか躁とか考えずにただ自分が生きやすいペースを考えていければそれでいいかもしれない 案外自由な時代に生まれたよ、だって他人のことなんかきっとけっこうどうでもいいし、言語は思ってるより軽いものだし、表情は作れるし、他人となんかぜったいに分かり合えない ただ魅力的なにんげんになるにはどうしたらいいのか、わからない、探るためのヒントがほしい けっこう本気でただ普通〜な人になりたいと思っていたけど、割と普通に近づいてみたら、新しい見地はあったけどじぶんがつまんない人間になっていってて、ただ普通になるだけが幸せであるのか、とおもうところがあって、たぶんこれはまた価値観のはなしだけどわたしのことをいうならそうじゃなくて、普通じゃないところを滅しないまま生きづらくなく楽しく生きていく方法を見出せば、人生がもっとひらけるかもしれないなとはおもう

いちいち人生規模で考えてめんどくさいよね わたしもめんどくさい きょう一緒にいた後輩仮面ライダーWのドライバーもってるらしー、わたしも欲しいよ

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