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#49 親切

※この文章は2013年〜2015年の770日間の旅の記憶を綴ったものです

マラウイにて、この旅に出てから初のロスト・バゲージにあった。

呆然と立ちすくんでいたわたしに、手際よく手続きの仕方を指示した空港係員。彼が市内の中心まで行くプリペイド・タクシーを捕まえてくれたけれど、35ドルもするのに「高い!」と訴えることだけは忘れなかったわたしに、彼は呆れつつも、ちょうど今から市内に向かおうとしている友人の車を紹介してくれて、20ドルで一緒に乗せてもらい、宿まで連れて行ってもらえることになった。

車を運転していた物静かな女性はルイス。わたしと一緒に後部座席に座って、日本のことを色々聞きたがった陽気な女性はパーツォ。二人は空港にある銀行系の両替所で働いている上司(ルイス)と部下(パーツォ)とのこと。
パーツォは、落ち込んでいるわたしを励まそうとしてくれたのか、携帯で自分の旦那さんの写真を見せてくれたり、マラウイ語の挨拶や美味しい魚料理の名前を教えてくれたりした。

第一候補で考えていた宿がメンテナンス中で泊まれないことが分かると、道を歩いている人に何度も聞きながら近くの別の宿まで連れて行ってくれたルイスは、わたしと一緒に部屋の様子を確認して、チェックインするところ
まで付き合ってくれた。

ロスト・バゲージのせいで、あまり見どころの無い首都リロングウェに足止めされるのは辛かったけれど、またこうして現地の親切な人に助けられた幸運。 そのことを素直に喜ぼう、と思った。

結局わたしの荷物は、持ち主よりも3日遅れて、ようやくマラウイに到着した。
そのことを知らせてくれたのはルイス。電話をくれた彼女は、カバンの色や形状と中身についていくつか質問し、それがわたしの物に間違いないことを確認すると「今から届けさせるから」と言ってくれた。

1時間ほどして、空港からの車が到着した。満面の笑みを浮かべて迎えたわたし。3日ぶりに再会する85リットルのキャリー・ケース。いつも移動の時は重たすぎて憎たらしいのに、この時はどれほど愛おしく思ったことか。

ルイスはいなかったので、代わりに運んでくれた男性に何度もお礼を言った。
すると、「20ドル。ルイスから20ドル貰えるって聞いてるんだけど。」と突然目の前に突き出された手のひら。
え? 何を言っているの? だってロスト・バゲージは航空会社の責任なんだから、無償で届けるのが義務でしょう?
悪い冗談かと思い、その場でルイスに電話をすると「その人に20ドル渡して」と言われ、ガチャンと切られた。

信頼していた人に裏切られたような気がして結構なショックを受けてしまった気持ちの小さなわたしは、ここでお金を渡すかどうかで更にこの男性と揉める気にはなれず、早く荷物を受け取って自分の部屋に戻りたい気持ちで
いっぱいになり「ついさっきまでの目一杯のわたしの感謝の気持ちを返してよ…」と思いながら、20ドルを渡した。

今思い返してみて、仮にわたしの英語が今よりもかなり流暢だったとしても、あの状況で正論(航空会社の義務)を突き付けて、お金を払わずに押し通せたかどうかは、わからない。
「もしこれが日本でのことだったらどうだろう?」とも考えてみたけれど、そもそも日本ではほぼこういうことは起こりえない気がして、想像するのは難しい。
わたしは親切(のような行為)を、無償のものと鵜呑みにし過ぎているのだろうか?
外国人で、日本人であるわたし(彼らの想像ではお金持ち)は、絶好のカモ?

その数日後、またルイスから電話があった。
「今どこにいるの?」という彼女に、既にマラウイ湖畔の町ンカタベイに移動したことを告げると、
「あなたが一人で移動して、ホテルまで見つけられるとは思わなかった! わたしが手伝ってあげられたのに」と驚きの反応。とっさに「それでまた、いくら要求するつもりだったの?」と思ってしまった自分。
この自分の心の条件反射に、ぐったりとして落ち込んだ。

Warm heart of Africa”アフリカの温かい心”と呼ばれるマラウイに、勝手に過大な期待を寄せていたのかもしれない。
ンカタベイで見た、透き通る美しいマラウイ湖には確かに感動したけれど、マラウイ人に対しては、少し厚めの心の壁ができてしまったことは否定できない。

* * *
マラウイを出国する日、空港でパーツォとルイスにばったり再会した。また会いたい気は全くしていなかったので、別れの挨拶をして早々に退散しようとすると「記念に何かちょうだい! イヤリングか何か無い?」とパーツォ。
なんともストレートで天真爛漫な態度に、もはや腹を立てる気にすらならなかった。
「今あげられるようなモノは何も持ってないの。ゴメン」と答えると、
「じゃあ記念に写真撮って!」と言って携帯でわたしの写真を撮り、さらに自分の写真も撮るように催促してきた。
しかたなく、苦笑しながらパシャリ。わたしの携帯で自分が写った写真を確認したパーツォは「Nice? Beautiful?」と満足そうな笑顔を向け、陽気に手を振りながら去って行った。

リロングウェからンカタベイへ向かうバス。バスに乗り込んでから出発まで10時間待った
ものすごく荒れたバスで、気持ちが落ち込んだ
途中でエンジンから煙が出てきて、運転手が修理し始めた
バスが停車する度に寄って来る物売りたち
検問、その度に乗客はみんな降ろされる


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