見出し画像

世の中には2種類の人間がいる。肺にドレーン管を入れたことがあるかないか。その2種類だ。

 ドレーン管は痛い。心が折れる。ご存じない方も知っておいた方がいいかもしれない。肺に入れるドレーン管。

 ドレーン管とは何か?ではまず、肺の構造をざっくり説明しよう。

 肺は、いわば、大きな袋の中に風船が入っている構造で、内側にある風船で血液中のガス交換を行っている。通常、風船は袋の中でパンパンに膨らんでいる。それが正常な肺の姿だ。

 ところが、何らかの原因で内側の風船に穴が開くと、風船は空気が漏れてしぼんでしまう。これが気胸だ。また、全身麻酔で行う肺の外科手術では、手術中は人工呼吸器が使用され、肺は呼吸には使用されないのでしぼんでしまう。

 気胸で穴がふさがれ、または、手術で切除部分が縫合され自然呼吸が戻ると、内部の風船は元どおりに膨らむ。それを円滑に促すため、袋の外から管を入れ、余計な空気を外部に排出する方法がとられる。

 この管をドレーン管といい、直径1センチほどのビニール製の透明なホースが使われる。正確には胸腔ドレーン管といい、この施術を胸腔ドレナージという。

 これが痛いのだ。独特の鈍く重い、心折れる痛みが出る。

 痛くないケースもあるようだが、たいていの場合は痛みを発症する。おそらく、ドレーン管を入れる位置や、管のまわりの筋肉や神経の具合によるのだろう。筋肉の量や強さが関係するのかもしれない。

 私の場合、手術中に入れられたドレーン管は、手術後1日目はまったく痛くなかった。手術時の麻酔が残っていたのかもしれない。しかし、2日目からじわじわと痛くなり始めた。

 筋肉・骨系の痛みで神経系ではない。おそらく、ドレーン管という「異物」に対して体が拒否反応を示すのだろう。周囲の皮膚や筋肉組織が「総決起反乱」を起こす。最初は「異物」に気が付かないが、いったん気が付くと排斥運動はどんどん強くなって、「異物」を拒否排除しようと組織が全力を振り絞って反応する。

 痛みの質が重い。神経に触る鋭角的な痛みではなく、鈍く重い痛み。ズシンと全身に響くボディーブロー。胸の裏の背中なので「胸にせまる」とはこのことだ。この鈍重な痛みは本当に耐えがたい。

 私は手術後の空気の排出具合が良好だったので、2日目にはドレーン管が抜かれると聞いていた。その知らせだけが救いとなり、何とか耐え忍ぶことができた。それがなければ、心が折れていたと思う。

 たった1回、それも2日目で抜かれた私は本当に幸運だった。しかし、そうではない方々も多い。有名どころでは、サッカー日本代表スタメンの長友と嵐の相葉くん。

 ボールが胸に直撃して気胸になった長友は、肺の穴をふさぐ手術のあと、ドレーン管がなかなか抜けなかったらしい。あの圧倒的な体力を誇るタフガイがこう言った。
「それまでの32年間の人生で、もっとも辛く苦しい体験だった」

 相葉くんは、なんと、2度にわたり左右の肺に気胸を発症し、2回もドレーン管を入れられた。彼はこう述懐している。
「もう無理かもしれない」
「その時に僕の嵐の人生での壁があって、ぶち当たって砕けた」

 エネルギッシュでアクディブなこの2人でも、絶望のどん底に突き落とされる。それくらい凹む。耐えがたい鈍重な痛み。

 たぶん、ドレーン管を入れたことがない方は、長友や相葉くんの凹み具合が理解できないと思う。ちょっと大げさなんじゃない?くらいに感じるだろう。私だって今回入れてなければ、そう思っただろう。

 そうじゃないんだよね。あれはほんとうに凹むから。心折れる。それくらい痛い。入れた人間にしかわからない。ま、入れなくてすむのなら、一生入れないほうがいいに決まってる。

 ということで、長くなったが、ドレーン管とは痛くて心折れるもの、とご理解いただけたかと思う。入れたことがない方には、一生入れることがないよう、心よりお祈りする。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?