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追悼 Depth Charge

Depth ChargeことJ. Saul Kaneが亡くなった。
自分は彼の音楽から多くの影響を受けそのマインドは今の自分にとって、とても大きなものなので追悼と感謝の意を込めてここに記したいと思います。
先にことわっておくとかなりの長文です。
それでは、はじまりはじまり。

Depth Chargeは90年代中盤、UKを発端とするムーブメント、トリップホップの頃に名を馳せたアーティストという認識の方も多いかと思います。
確かに彼はこの時代に多数の作品やリミックスを手掛けており、その時期が彼にとっての全盛期という認識は間違いないと思います。

だけどトリップホップと呼ばれた同時期のサウンドにあるジャジーなバイブスやムーディーな雰囲気、トリッピーにハメる系のシンセやロッキンな要素は彼の音楽にはまるでなかったし、かと言ってひたすらダークでストイックな世界観でもありませんでした。
むしろ、それらの音楽に対しての影響を与えたパイオニアの一人であったと思います。

カンフー映画、ポルノ、フットボール中継、B級映画音楽をこよなく愛し、DUBやディスコ、ソウルなどの古いレコードからの数えきれないぐらいのサンプルコラージュとアナログシンセ、野太いベースとブレイクビーツ、少しばかりの皮肉とユーモア。
徹底した特権階級からの離脱というかブルーカラーマインドというか。
ヒップホップのワイルドサイドとナードカルチャーをごちゃ混ぜにして、鍋で煮込んで皿に盛り付けるかのような、偏執的な彼のフィルターを通った誰も真似しない、誰も真似出来ない唯一無二のサウンドでした。 

後ほど紹介しますが、ジャケットやアートワークに対するこだわりも半端ではなく、彼の音楽はその音楽性もさることながら、音とジャケが串刺しになった時の威力が絶大でした。 

音に対して求めるビジュアルが明確に存在していたのだと思います。
もしくは先にタイトルとジャケありきで音が作られていたのかも。

Depth Charge
こだわりのアートワークの数々


彼の音楽を料理で例えるなら、一汁一菜のバランスの取れた食事ではなく、天ぷらをおかずにカツ丼を食べるみたいな笑 
好きなものしかたべませんという偏食ここに極まれり。 
人によっては胸焼けして全くもって受け付けない感じの音楽性とちょっと下世話で悪趣味なユーモアに、その研ぎ澄まされたイカサマ感みたいなものに自分なんかは強く魅かれたし、憧れました。

例えば初期の作品に1990年にリリースされたGOALというシングルがあります。

サッカー好きのイギリス人の一人でもある彼のサッカー愛が溢れ出た楽曲なのですが、冒頭サッカー中継から始まり曲中終始この中継の音がかぶさっているんですね。

ブラジルな感じのご陽気なベースラインとヘビーなビート。
そしてアナウンサーの「ゴール!!!」の絶叫で昇天。

革新的というかなんというか、この方向のアプローチはいかにサンプリング文化といえども、ヒップホップのレコードでも聴いたことがなかったし、誰も真似できないというより思いついても誰もやらないという笑
こういうアブナイことを当時、Depth Chargeはサラッとやってました。(後に98年のRomarioというシングルでブラジルのサッカーレジェンド、ロマーリオ・ジ・ソウザ・ファリアを題材に同じような手法をやっています。) 

※ J. Saul Kaneのサッカー好きは相当で一頃、プロフィールにはフットボールプレーヤーと記載されていました


また、Depth Chargeの革新性は彼がA&Rを務めたVINYL SOLUTIONレーベルを抜きに語ることはできません。

VINYL SOLUTIONは80年代後半から90年代初頭にかけて、本人の名義であるDepth Charge、The Octagon Manを筆頭に、EON、Bizarre Inc、Midi Rain、GUN SHOTなどヒップホップからブレイクビーツ、テクノ、ハウスまで多数のアーティストをリリースし、ヨーロッパのダンスミュージックシーンに大きな影響を与えました。
VINYL SOLUTIONにおいて、J. Saul KaneはEONことIan David Lovedayとともに、数多くのプロデュースとリミックスを残しています。
生粋のB-BOYであったJ. Saul Kane青年が様々なスタイルのダンスミュージックにかかわることで自身のオリジナリティを確立していったのはまさにこの時期です。
VINYL SOLUTIONでのJ. Saul Kaneは、メインプロジェクトあるDepth Charge、The Octagon Manの他にGrimm Death、Block Ink、Mr. Selfish、The Spider、T.E.T.と様々な名義を使い分け、ヒップホップ、エレクトロ、ブレイクビーツ、テクノ、ハウスなど全方位型で積極的にクラブミュージックへ接近していきます。
そして、この幅広い音楽性と表現力を兼ね備えたバイタリティーこそがJ. Saul Kaneというアーティストの本質であり魅力であると思います。

91年 The Spider  Help
94年 T.E.T.   Ear
88年 Grimm Death   Too Tuff To Rip
88年 Block Ink       BLOCK
91年 Mr Selfish   Mr Selfish

アメリカで発生したアシッドハウスが、海を渡りヨーロッパに伝播しEBMと融合しNEWBEATが生まれ、その後レゲエやDUB、デトロイトテクノなど様々なビートと融合と分裂、共鳴を繰り返しブリープハウスやレイヴやジャングルの骨子が出来上がっていく、まさにレイヴカルチャーのその渦中にVINYL SOLUTIONは存在しました。 

XLやR&SやWARPなどと同じぐらい当時のシーンにおいて重要な役割を果たしたレーベルだと個人的には思っています。

90年代中盤に入ると、VINYL SOLUTIONはJ. Saul Kaneの二つの個人レーベル、主にDepth Charge名義のリリースやブレイクビーツ作品のリリースを行うD.C. Recordingsと J. Saul Kaneの別名義、The Octagon Manとしての作品やEON、SEM(Deadly Avenger)などのUKエレクトロ作品を中心にリリースを行うElectron Industriesに引き継がれます。

Depth Chargeとしては、94年にカンフージャケでおなじみのファーストアルバム「Nine Deadly Venoms」をリリースすると、インパクト抜群のジャケットに加えトリップホップブームの後押しもあり、これがそこそこヒットします。
付け加えると1967年生まれのJ. Saul Kaneはこの時点で若干27歳。
1988年に本人初のソロ名義BLOCK INKでリリースしたシングルが21歳の時なので、とんでもない若者ですよね。

ちょうどこの頃はアブストラクトヒップホップ、トリップホップムーブメント真っ只中で、Depth Chargeも御多分に洩れずこの枠の中に入れられて一躍人気アーティストになっていきます。

Sabres of paradiseのリミックスもこの頃ですね。(余談ですが昔Sabres of paradiseのライブを見た時にこの曲がセトリに入ってたのですがオリジナルではなくDepth Chargeミックスのトラックだったので驚きました笑)

ただ前述したように、自分からするとたまたまタイミングでそこにハマっただけでぜんぜん違うんですけどね。
ここからは00年代初頭まではDepth Charge怒涛のリリースラッシュです。
94年から00年まででシングル12タイトル、アルバム2タイトルなのでかなりコンスタントにリリースしてます。
同時にエレクトロのThe Octagon Man名義でもシングル7タイトル、アルバム2タイトル出してるのでやはり、なかなかのペースだと思います。

J. Saul Kaneという人の作る音はかなりクセのあるサウンドで好き嫌いがあると思うのですが、自分の好きな彼の作品をいくつかピックアップしてみたいと思います。

まず最初は89年のシングル その名もDepth Chargeから。
こちらはブレイクビーツとカンフー、香港映画の組み合わせで、これぞ Depth Chargeという作風なのですが、面白いのはB面の2曲がオリジナルの33回転を45回転でプレイすることによりジャングルのプロトタイプとして、またブレイクビーツテクノ〜UK Oldskool の解釈におけるクラシックになっている点です。
ジャマイカで生まれたKing TubbyのDUBしかり、 Acid Houseの誕生しかりクラブミュージックの発展の歴史において、この「本来の意図とは別のところで偶然発明(発見)された」という部分は時としてかなり重要な要素となります。
J. Saul KaneによるDepth Charge名義での2作目が後のUKビートカルチャーの基礎となっていることは、副次的な要素ではありますがこの作品を語る上でとても興味深い事実でもあります。

Depth Charge – Depth Charge  89


続いては、こちら90年のシングルDead By Dawnです。

見て聴いてもらえればわかる通りなかなかの悪趣味です。笑
ホラー映画のサンプルをふんだんに使ったダビーなブレイクビーツ作が最高。
これとかトリップホップとか言われる5年ぐらい前ですからね。
あと、作り手目線を少し入れて語ると、この手数の多さはヤバいです!
Todd TerryのRoyal HouseかDepth Chargeかっていうぐらいサンプルの数が多いです笑。
この時代にこの量のサンプル扱うってサンプラーの記録メディアなんてフロッピーだし、保存もめんどくさいし、作風とは裏腹にかなり性格的にまじめでマメな人じゃないとできないと思うんですよね。
ジャケのアートワークは90年代初頭のUK RAVE全盛期に、数々のレコードジャケットを手がけたJunior Tomlin画伯によるものです。

続いてはアルバムにも入っている94年のシングルHubba Hubba Hubbaです。

この曲はサンプルも少なめなんですが個人的にDUBブレイクビーツ最高峰と思っていて、なんせ極太なドラムとベース、ダビーな構成がシンプルにカッコいい!
自分は一番最初に聴いたのがこの曲で一気に引き込まれました。

続きまして
95年のシングルShaolin Buddha FingerのサイドBに収録されているVampyress (Demo Dub)です。この曲はもう哀愁というか、フランジングするブレイクビーツに後半押し寄せる泣きのメロディがたまらない一曲です。
sabres of paradiseやブリストル、Massive Attackあたりのダークさにも通じる暗くて美しい傑作ですね。 
EPタイトル曲のShaolin Buddha Fingerもこれでもかとカンフー映画のサンプルを盛り込んだファンキーなブレイクビーツトラックで最高です。

続いても95年の10インチ、Legend Of The Golden Snakeです。
これよく見ないとわからないかもですがコブラに蛍光塗料で着色された暗闇で光るジャケットです。
中学英語の様なタイトル然り、裏ジャケのあかんやつ感然り、こういう中二病的なマインドたまらないです。(裏ジャケも光ります笑)
ジャケのコブラは特に金色でもないし、どこに金をかけとんねんというツッコミどころもありますが、音はシタールを使った怪しさ満点のダブブレイクビーツで最高です。


続きまして97年突然一曲だけ異形のハウスに
シフトしたBlue Lippsです。

相変わらずジャケのセンスも最高なんですが、
lenny williams のyou got me runningのベースラインをネタ使いしたストレンジディスコハウス。 
絶妙かつ、危ういバランスでのフィルターとディレイ捌き。
この曲の面白いところはDepth ChargeがハウスにアプローチするとしっかりDepth Chargeになるってところです。
あのLOFTの親分、マンキューソや「DJ界のキース・リチャーズ」ことDJ Harveyも気に入ってかけてたなんて話もありますし、CDのコンピ企画だけに収録されているIdjut Boys Editなんてものも存在します。
先程は突然一曲だけ異形のハウスに!みたいなことを書きましたが、実はこの曲には伏線があります。
94年にひっそりと2枚だけリリースされたT.E.Tというハウス名義がありまして、このT.E.Tの一枚目のEarというEPに収録されたDisco Drunkardという曲が同じネタ使いで、この曲の原型になっています。
聴いてもらえばわかるんですがヤバいんですよ。これも。
まさにDepth Chargeがハウスをやったらこうなるのか!というサウンドメイキング。
Theo Parrishも真っ青です。

なので、この曲をDepth Charge名義でセルフリメイクする形で作られたのが、Blue Lippsという見立てでほぼ間違いないと思います。

いずれにせよ、しっかり「そっちのライン」でも受けるところは流石です。大好き!

次にこちらは97年の10インチシングル、Disko Alienです。宇宙人とディスコのこれ以上ない組み合わせをテーマにDepth Chargeの世界観が爆発したジャケとサウンドです。
音はエレクトロなのかブレイクビーツなのか絶妙なところで、冒頭からボコーダーが炸裂するまさにディスコエイリアンなファンキーダンストラックです。
中盤のブレイクでは宇宙人が何か話しています。
このピッチシフターをかけて宇宙人を演出するという70〜80年代の少年マンガ雑誌の付録のような安直かつワイルドな発想がたまりません。
ジャケはイギリスの著名な漫画家Savage Pencil画伯による力作です。
ベタの使い方とか、ちょっと貸本時代の水木しげる先生の絵にも近いものも感じますね。

Disko Alienからこのままの流れでいきますが、翌98年には飛行機テーマのDisko Airlinesを発表しています。このシングルには先程紹介した T.E.T. 名義でのリミックスを収録しています。
行き先の都市名を告げる空港のアナウンスをサンプリングした冒頭から薄ら笑いを浮かべてしまいそうな飛行機モノなんですが、自分が思うにこれ前年リリースの「ディスコエイリアン」→「ディスコエアライン」っていう言葉遊びというか、まあ駄洒落で生まれたシングルだと思うんですね。しかも2枚組。
このDisko Airlines (T.E.T. Air Mix)の曲の終わり方とかも常軌を逸していて最高です。
こういうくだらないことに全力投球できるのがこの人の素晴らしいところだと思います。
やっぱりかっこいい大人って、側から見たらどんなにくだらないことでも自分が好きなことを一生懸命やる人のことですからね。

さて、最後はJ. Saul Kaneが90年代から00年代前半にかけて力を入れていたエレクトロ名義、The Octagon Manの95年作、Biting The Dragon's Tailです。
Depth Chargeのアナザーサイドとして、もう一つのレーベル、Electron Industriesからアメリカ由来の808エレクトロではなく、ジャーマンエレクトロでもなくひたすら硬派なビートがたたみかけるUKスタイル(と言ってもこの人しかやってないけど笑)のエレクトロ。
これも好き嫌い分かれるとは思いますが自分は大好きでした。

このThe Octagon Manも最後の方(00年頃)はどんどんインダストリアルかつ退廃的になっていき、The Octagon Man vs Depth Chargeみたいなシングルも出てたりとかして、何が何だかよくわからないままいつのまにかElectron Industriesレーベルもフェードアウトしていってしまいました。

当時いくらなんでもこれは売れへんやろって思った記憶があります。(もちろん買ってましたが笑)

でも、それでいいのです。
なぜなら、それこそが自分の作りたいものを作り続けた彼の姿勢であり、音楽人としての生き方そのものです。
そこも含めて、彼の音楽に魅かれてきたと思うので。

他にもまだまだありますが気になる方はこちらからチェックしてみてください。  

https://www.discogs.com/ja/artist/1402-Depth-Charge

00年代に入るとThe Emperor Machine が大ヒットしたことでD.C. Recordingsは最盛期を迎えますが、 裏方に専念することにしたのかJ. Saul Kaneプロデュースの作品は、2009年の Depth Charge名義でのシングルMecha Squirrelを最後に途絶えます。


おそらく最後にクレジットで J. Saul Kaneの名前を見たのはColdcutのプロジェクトKeleketla! のリミックスの2020年だと思います。
(他にあれば是非教えてください!)

この時はおー、復活か?って色めき立ちましたねー。

そんな自分が敬愛してやまないDepth Chargeですが、実は2004年に彼が来日した時、共演させてもらったことがあります。

当時味園ビルに、自分が所属していたサウンドチャンネルクルーの運営する鶴の間というクラブがあり、憧れのDepth Chargeと共演できるのをワクワクしていた記憶があります。

まだバイナルでDJが当たり前だった当時、ノートPCとレコードを同時使いでDJをすることに驚きました。
「URとかもかけるんや!」って興奮しました。

自分からするとその時点での作品全てを持っている憧れのDJであり、トラックメイカーであるDepth Chargeを前に緊張を隠せませんでしたが、もし話すことができたらいろいろ聴いてみたいと思っていました。

実際接してみると彼はシャイだけど、とてもいい人でした。
DJ MAGの追悼記事には無愛想な性格みたいなこと書いてあったけど、ぜんぜんそんなことなかったですけどねー。

確かにシャイな感じはあったけど、大量のDepth ChargeやThe Octagon Man 、Silverfoxのレコード見せたらサインもしてくれたし、話してくれたしめちゃくちゃいい思い出しかないです。

ひょっとしたら、人見知りは人見知りを知るのかも知れません。

「ライブをやろうと思いますか?」とか「今現在BOMB THE BASSのティム・シムノンとの関係はどうなのか?」「ACID HOUSEやデトロイトテクノは好きですか?」とか「メインで使ってる機材は何ですか?」とか「オールタイムベストワンの曲教えてください!」だの。

ただのイタいファンと化した自分の質問に嫌な顔ひとつせず丁寧に答えてくれました。

ちなみにDepth Chargeオールタイムベストワンは坂本龍一のRiot In Lagos!
なんて痺れるセレクト!
この曲をオールタイムベストワンに挙げる時点でもうなんか信頼できるじゃないですか笑

結果なんだかんだ1時間以上話してくれたと思います。
今思い返しても最高の時間でした。

この時の彼の言葉で今でもよく覚えていることがあります。

「毎回そんなにいい曲が作れるわけでもないし、音楽はそんなに高尚なものである必要はないんだ。メジャーも、アンダーグラウンドもない。セールスを気にするより自分がやりたいことができるかどうかの方が大切だ。」

この時の会話は今も自分の中に強く印象に残っています。

実際、彼はメジャーの仕事もたくさんやっていましたが、それでもやっぱりみんなに受けのいいものよりも、この人は自分の作りたいものを作っているんだなと作品の端々から常々感じていました。

そしてその姿勢は今も自分の表現の拠り所になっています。

冗談抜きでアートワークも含めたDepth Chargeの一連の作品はイギリスのビートカルチャーの重要文化財だと思います。

最近もよくFBを更新しているのはみていたので、彼が亡くなってしまったことは残念としか言いようがありませんが、作品を通してもらったたくさんのメッセージは自分にとっての宝物です。

若き日に憧れたヒーローたちがどんどんいなくなっていくのは寂しいですが、それだけ自分も歳をとったんだなと思う次第でございます。

これからも彼の音楽を聴き続けるだろうし、ずっと大好きです。

あなたの音楽からたくさんのメッセージを受け取りました。
あなたのレコードを集めることは、プレイすることは、大きな喜びでした。
あなたに影響を受けて曲を作り始め、今も続けています。
あなたのつくる世界が大好きです。
今までも、これからも。

彼の音楽に出会えたことに感謝しつつ、このあたりで筆を置きたいと思います。

偉大なる先駆者、Depth Chargeこと
J. Saul Kaneへ愛と尊敬と感謝を込めて。

最後まで読んでくれてありがとうございました。



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