令和4年司法試験刑法再現答案

設問1
 横領罪の保護法益は所有権及び委託信任関係にあるから、「自己の占有する他人の物」とは委託信任関係による占有であることが必要となる。甲はAに頼まれて「他人の物」たる本件バイクを「占有」しているため「自己の占有する他人の物」と言い得る
1⑴の主張の当否
 これは、Aから頼まれて本件バイクを保管するという委託信任関係がある以上、Aが本件バイクにつき無権利であることは問題とならず、甲に「自己の占有」が認められるとする主張であり妥当である。現代社会においては財産保護のために財産秩序そのものが保護されている必要があるところ、たとえ無権利者からの信任関係であっても、それに反して財産を領得すれば財産関係はより複雑となり財産秩序の混乱につながるからである。よって本件バイクは甲にとって「自己の占有する他人の物」に当たる
2⑵の主張の当否
 これは、本件バイクを隠した行為が不法領得意思の発現として「横領」にあたるとする主張である。「横領」とは不法領得意思を発現する一切の行為を指し、判例上、同意思は委託信任関係に反してその物につき権限が無いのに所有者でなければできない処分をする意思と定義され、権利者排除意思を求めるが、明示的には利用処分意思を求めていない。そして本件バイクを隠す行為は、B所有者によるバイクの相当程度の利用機会を排除するものであり、所有者以外できないから権利者排除意思が肯定でき、甲は「横領」した。
 もっともこの主張は妥当でなはない。横領罪は財産犯であるし、軽い隠匿罪等との区別のために利用処分意思も要求されるべきである。そうすると、本件バイクは乗り物であるから、財物としての効用は主に移動手段として用いること等にあり、Aを困らさるために隠すことにより得られる効用は本件バイクから得られる直接経済的なものではない。よって利用処分意思が欠けており、甲の行為は「横領」に当たらない。

設問2
1 Aの右腕上腕部を本件ナイフで突き刺した行為
⑴「傷害」(204条)とは人の生理的機能に障害を与えることを指す。乙は本件ナイフでAの腕を刺し、刺創の傷害を与えており、生理的機能に障害を与えているから「傷害」に当たる。
 本件ナイフは刃体18センチと殺傷性が高く危険性が大きいため殺人の余地もあるが、乙は偶然A甲の争いを目撃し甲を助けるため行為していること、右腕上腕部は枢要部ではないから刺しても直ちに生命侵害の具体的危険は生じにくいこと等から、乙の行為に殺人の実行行為としての危険はない。
 乙は以上の事実を認識しており故意(38条1項)もある。よって乙の行為は故意傷害の構成要件に当たる。
 なお、乙は甲を助けるべく行為しているが、片面的共同正犯を否定する私見からは乙甲が共同正犯になることはなく、乙の単独犯である。
⑵乙は「他人(甲)の身体という権利を防衛する(助ける)ため」に行為しており正当防衛の余地がある(36条1項)。もっとも本件で甲を基準に考えると甲は侵害を予想しており侵害の急迫性が認められないのではないか。
 ア36条1項の趣旨は、緊急状況下で公的機関に助けを求める余裕がない場合の例外的措置を許容した点にあるから、行為に先行する事情及び行為当時の事情から緊急状況下とは言い難い場合には趣旨が妥当せず、「急迫」性を欠くと考える。
  本件では、行為に先行する事情として、甲は、Aからの~という電話を受けて公園に行くことに応じている。A甲は高校で同じ不良グルーぷだったため、甲はAの短期で粗暴な性格を知っており、姿を見せればAから殴る蹴る等の暴行を受ける可能性が高いと予測していた。また甲は電話を受けた当時自宅にいたのだから警察に通報するなどの時間的余裕があり公園に出向く必要が無かった。加えて甲はAの攻撃に備えて、刃体15センチという殺傷力の高い本件包丁を準備しており、加害意思を有していたと推認させる。行為当時の事情として、甲がAから受けたかけた攻撃は顔面殴打であり、当初予想した殴る蹴る等の暴行から逸脱するようなものではなかった。
 以上を踏まえると、甲は緊急状況下だったとは言えず、甲を基準にすると「急迫」性が認められない。
イではこの要件を甲乙全体で判断すべきか、乙だけで判断すべきか
 判例は、積極的加害意思が問題となった事案において、共犯者で個別に検討するべき旨判示しており、主観的要件については個別的考察を行うが、客観的要件については全体的考察を行うべきものと考える。本件は、確かに甲の予測など主観的事項も踏まえて急迫性を否定してはいる。しかし、電話により攻撃を予期し自宅から出向く必要が無かったのに本件包丁を用意し実際のAの攻撃が予測を上回るものではなかったということは、一応客観的に観察できることである。また前述の36条の趣旨からは緊急状況該当性は厳密に判断すべきである。よって本件では甲乙を全体として考える。そすると「急迫」性は否定され、乙に正当防衛は成立しない。
⑶乙は甲を助けるため行為しているから、正当防衛の他の要件を満たす場合には、乙は違法性を基礎づける事実を認識できておらず非難できないから、この場合には責任故意を阻却する。
 「やむを得ずした行為」とは防衛手段として必要最小限の行為を言う。本件は、甲の身体への侵害に対して、Aの身体に侵害を加えるものではある。しかし、Aは素手だったのに対し、乙は殺傷力の高い武器を使っており武器対等の観点から均衡を欠く。また本件ナイフの殺傷力の高さを踏まえれば、ナイフで脅すなどして甲の行為を抑止できたはずであり、何ら警告しないでいきなり突き刺す必要が無く、効果的な代替手段が存在していた。以上より乙の行為は必要最小限とは言えず「やむを得ずした行為」に当たらない。よって乙は違法性を基礎づける事実を認識しており、責任非難が可能であったから責任故意を阻却しない。
以上より乙に傷害罪が成立する。
2本件原付を運転した行為
⑴「他人の財物」(235条)と言うには、「窃取」の前提として他人が占有する財物であることを要する。確かに乙が本件原付を発進させた当時、Dは配達のために付近のマンションに立ち入っておりその場にいなかった。しかし本件原付は飲食物の宅配業務用のものであり、当時エンジンが掛かったままの状態だったから、外部からみて宅配業者が宅配のため一時的にその場に止めておいた物であることが明白である。そうするとDの本件原付に対する支配可能性は失われておらず、本件原付はDの占有下にあった。よって本件原付は「他人の財物」にあたる。
 「窃取」とは占有者の意思に反し財物を自己または第三者の占有に移す行為を指す。乙はDに無断で本件バイクを発進させることでDの意思に反し本件バイクを自己の占有下に移した。よって窃取に当たる。乙は以上の事実を認識しており故意もある。
 使用窃盗及び軽い隠匿罪との区別のため、権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従い利用処分する意思(不法領得意思)が必要である。乙は本件原付を一時の闘争手段としてのみ使用するつもりであるものの、運転して逃走先現場に放置すればDがこれの在処を探すのは困難であり、Dの相当程度の利用可能性が奪われる。よって権利者排除意思がある。また本件原付は乗物であるから、運転等することこそが財物から得られる直接の効用であるところ、乙は本件原付を運転して逃走しているから財物から直接得られる経済的効用を享受している。よって利用処分意思もある。以上、乙に不法領得意思がある。
⑵乙はAから暴力をふるわれると思って逃げるために第三者Dの財産権を侵害する行為をしており緊急避難の余地がある(37条1項)
 ア「現在の危難」とは侵害が現に存在し又は間近に迫っていることを言う。乙はAに叫ばれながら追いかけられており、乙の身体への侵害が間近に迫っていた。
  「やむを得ずした行為」とは侵害を避けるための唯一の手段(補充性)を指すところ、本件では乙が逃げるには本件原付に乗るのが唯一の手段だったからこれを満たす。
  乙は自身への生命侵害を避けるべく、他人の財産権を侵害しているのであり害の均衡も満たす。
 イもっとも本件では乙による前述1の行為によりAからの報復を自ら招いたとも言え自招危難として緊急避難の成立が否定されないか
  37条の趣旨は(前述した36条趣旨と同じようなことをでっち上げた記憶~)の点にあるから緊急状況下とは評価できない場合には認められない。その際には①不正の行為より自ら侵害を招いたか②侵害が自身が生じさせた不正の行為の程度を大きく超えるものか否かなどを考慮する。
  本件では、確かに乙には傷害罪が成立しており不正の行為とも言える。しかし乙はあくまでも甲を助けるという主観で行為していること、及び責任故意の阻却がないとしても、なお緊急状況下における期待可能性の減少により任意的減免は可能と考えられる(36条2項参照)。したがって①不正の行為とまでは評価できないから自招危難にはあたらず緊急避難は成立する。
 ウそうはいっても乙の行為が自招危難的側面を有していることが否定しがたい。そして緊急避難は、不正対不正の正当防衛とはことなり、正対正の場面であるから(表現を間違えた)その成立は厳格に解すべきと思え、自招危難的場合に第三者の法益を侵害することは正当化し難いとも思える。
  しかしこのような場合であっても、全体として違法を増加させなかったという点で、緊急避難の減免の根拠がなお妥当するのであるから、緊急避難は成立させて良いと考える。
  以上より、乙の行為は緊急避難として違法性が阻却される。


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