選べ!それが、紛れもない己の真実ならば。これまでの私。これからの私。



私は、飽き性だ。



同じ場所におそらくもって


半年しか

いたことがない。


環境に飽きるのだ。


そして、そこにいる人たちと向き合っている自分にも飽きる。



だから、これがネックだと思ってきた。




でも、これからの時代は

違うんだ。


違っていいんだ。ということが

再確認できた。



私は、先になによりも「環境」を変えてきた。


それは、なぜか。



自分の意志の持続力が

とても短いから。

意志力がまるで、「ない」のだ。


だから、きっと何年も

母親の言いなりも続けられたんだろう。




なによりも

先に

場所を変えてきた。




金銭的にキツかろうが

関わる人がガラッと変わろうが

なんだろうが、

今その瞬間動き出さなければ


正直乗り遅れて行くのだ。






自分の人生に。





そして、気付いた時には

仕組みに安住するようになり


その仕組みに屈すると

なにが待っているか。



生産性のない事柄や

思考形態ばかりに囲まれる日々が

口をあんぐりと開けて待ち受けている。




実際そこまで自分の足でテクテクと

歩いていって

分かったのは



愚痴を言い放つ人間に



知らないうちになっていた。ということだった。


そして、それだけならまだいい。

自分たちのことを正当化させようとする。


実に、恐ろしいことだ。



そのレベルの人間たちが集まっているところに安住し、

抜け出せなくなる。ということだった。







「慣れ」というものがどうも、腑に落ちない私に


とある、青年が教えてくれた


「慣れは、武器だから」




単純作業をだいたい平均3日か

2日足らずで飽き

続けられない時の私には

魔法の言葉のように


思えた。



でも、それは

私には必要のない項目だった。



その青年のことを

悪いも、良いもつける気はないが、



ただ、一つだけ

言えることは。



私にとって、

「慣れ」というものは

やはり「要らないもの」だということだった。



常に研究し、常に新鮮でいたいんだ。






音声ファイルを録音すると

その違いは歴然としていて


今、録音したのに

それは

もう、鮮度を失っている、なんてことは

しょっちゅうあるのだ。




(~_~;)




新鮮なものを常に提供していく自分でいたいからこそ



今回の気付き。



そして、

これからの私はなにを「大切」にして

生きていこうか。




新たなる時代にあった視点をもって


今日も


生きていこうと

思う。




この時代に生きれることに

感謝する。






最後まで読んでいただき

ありがとうございます!


日々精進していきますのて

今後とも、よろしくお願い致します(〃∇〃)

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