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名の無い洋服を作る「メゾンマルジェラ」のクリエーションの数々


⚫︎今回はファッション業界に最も影響を与えたブランドのひとつである『Maison Maison Margiera』をご紹介します。

その前にまず、自己紹介をさせて頂きたいのですが、現在東京の某服飾学校に通っていて、将来的にデザイナーを目標に勉強をしています。   

なので、主にファッション関連の記事を多く書いているので気に入った記事などございましたらフォローして頂けると嬉しいです。


『Maison Maison Margiera』ブランド経歴


まず、Maison Margiera(メゾンマルジェラ)とは1988年にベルギー出身のデザイナー マルタン・マルジェラによって設立されたブランドです。

デザイナーであるマルジェラは表舞台に一切出ないことで有名でインタビューもFAXで送るほど。

洋服にもタグはなく、タグの代わりに四つの白い糸がついているのみ。

何故このブランドは他のブランドにあるのが当然なものを無くすのか。それは彼の中にある信念があります。

その信念を話す前にまず、ブランドの特徴を1つ挙げるとすれば「アンチモード」かと思います。

「アンチモード」とは名前の通り、「モード(最先端・流行)」とは反対(アンチ)のもののことを指します。


1988年の創設当時、ファッション業界では高級志向(モード)の流れがとても強く、それに疑問を感じたマルタン・マルジェラ(以後マルジェラ)は翌年のデビューコレクションで今までの流行に逆らうように「アンチモード」を掲げたコレクションを行いました。

初コレクションはアングラ的な会場でスタートし、タトゥーに見えるトロンプ・ロイユ(騙し絵)や今やマルジェラの最も有名なアイテムと言っても過言ではない「足袋ブーツ」も登場しました。

そしてランウェイを歩くモデルはマスクで顔を覆い隠し、ラストにはモデルたち白衣を着て、赤い塗料に浸されたタビ ブーツで、ランウェイの上にひづめの跡?のような不思議な赤い模様を残していき、コレクションは終わりを迎えました。

そしてこのモデルの顔を隠す行為にも彼の信念が隠されています。

この初コレクションで彼は

「ここにあなたが見に来たのはスーパーモデルでも私自身でもない。私のデザインした服である。」

と話しています。

先程の話に戻しますが、彼の信念としてあるのは「ブランドやデザイナー、モデルというフィルターを通して服というものを見るのではなく、服そのものだけを見てその魅力を判断して欲しい」と言うものです。

そして、そのようなかなり衝撃的な初コレクションを行ったことにより、その日からファッション業界で注目されるブランドの1つに仲間入りして、その後、 **" ファッション業界に最も影響を与えたブランド " **と呼ばれる程に大きなメゾンになっていくこととなります。

2回目のコレクションとなる1989年秋冬のショーではアントワープ6のウォルター・ヴァン・ベイレンドンクと一緒に会場に忍び込んだ当時19歳のラフ・シモンズはその光景に感動で涙し、その日から彼はファッションの道を進むこととなります。※偶然にもマルジェラとラフシモンズは同郷です。

マルジェラは「アンチモード」の名の通り、今までの常識を覆してしまうコレクションを次々と発表していきます。

90年代で流行したオーバーサイズなシルエットとは正反対の細身のジャケットやボトムを着用させ、ボディラインの出るシルエットを提案したり、当時では考えられない古着の再生や色褪せ、ほつれ、古着風の仕立てなどの「ポペリズム(貧困者風のスタイル)」加工を提案したりと。

そして、「ポペリズム」はその先駆的ブランドとされ、パリオートクチュール協会に認定されました。

ちなみにこの「ポペリズム」の手法はコムデギャルソンやヨウジヤマモトの影響を多分に受けているようで、彼女の「モード」と言うファッションの概念に疑問を呈す姿勢はコムデ・ギャルソンらの「黒の衝撃」の印象の近しい部分があると感じます。※1998年にはコムデギャルソンとのコラボも実現しています。

さらに彼の進撃は続き、極端にオーバーサイズな作りの服が登場したと思えば、極端に窮屈なボディコンのような服を展開。

服が立体という概念もぶっ壊し、まっ平らな2Dのような服。

そしてコイン?のようなバッジ?のようなものをくっ付けて作られたベストなど。

彼のクリエーションの数々は0から1にするイノベーション的なものではなく、存在するものを別の様式(別の数字)に変える『脱構築』という手法からなっています。

「足袋ブーツ」も「足袋」と「ブーツ」という既存のアイテムをミックスさせて新しいものを作っている為、『脱構築』に該当します。

彼の創るものの多くは普段目にしているものや、現存されているものを使うことが主になっています。

それが一見奇抜なアイテムであっても一時期の      " 流行 "にとらわれることなく " 定番 " アイテムとして広く浸透される理由だと思います。

このようにマルジェラの出すコレクションは次々とファッションの概念を破壊する様から、「デストロイ・コレクション」とも呼ばれます。

そして、この「デストロイ(破壊)」の行為は洋服だけにとどまりません。

コレクションは毎シーズン、テーマを変えて発表されるのがセオリーですが、ひとつのテーマを複数シーズンかけて展開したり、ファッションプレスやVogueなどに記載されているコレクションを見れば分かりますが、ショーの会場はかなり綺麗な場所で行われています。

しかし、マルジェラのショーは初コレクションでアングラ的な会場で行われたように、使われていない駐車場や地下鉄駅など、当時のクリエイターの誰も思いつかないような場所、言わばありえない様な場所で発表し続けました。

その為、90年代のファッション業界はマルジェラの時代だと言うファッショニスタは少なくないです。

ちなみにカート・コバーンが生みの親と言われているグランジファッションの先駆的なブランドもこのメゾンマルジェラらしいです。

ファッションYouTuberのMBさんによれば現代において当たり前のように流通している

・クラッシュデニム
・ミリタリーファッション
・ペインティング

などの加工は「最初にマルジェラが作った」と言っても過言ではない。
厳密に言えばマルジェラの師匠にあたるジャンポールゴルチエの影響が強いが、マス層まで落としこむに至ったのはマルジェラの功績が大きい。
と話しています。

ファッション業界にある " 灯台下暗し " のような固定概念を破壊するマルジェラの姿勢は見習いですね


次の記事では、デザイナーのマルタン・マルジェラについて話しているので宜しかったらそちらも覗いてみて下さい<(_ _)>


この記事を見て頂きありがとうございました。



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