金曜日のショートショート03

金曜日のショートショート(第3回目)
テーマ:蟹
タイトル「海のダイヤ」

「ねぇ、これ見て!」

鼻息荒くやってきたのは、ひとつ上の姉だった。
割とミーハーな姉は面白そうなニュースを見つけては、私に伝えにくる。
今日はなんのニュースなのだろう?
政治家の不正か、芸能人のゴシップか、はたまた動物の癒し動画という時もある。いつもそれなりにわたしのツボをついたニュースを持ってくるので、冷めた様子を見せながらも、内心は期待していた。

「一体なぁに?」
「これを見てよ」

と、姉はタブレットのディスプレイをかざした。通販の広告が表示されている。

「信じられない、北海道のタラバ蟹が一匹、なんと十万円だって!」

蟹は『匹』ではなく『杯』と数えるんだよ、という突っ込みは飲み込んだ。
北海道の蟹が一杯十万円。
このありえないニュースに私の声が上ずる。

「何それ、何その値段。一体どんな蟹よ?」
「でしょう、ありえないよね、こんな値段!」
「信じられない。もしかしたら蟹じゃなかったりして」
「蟹じゃないなら、なんなのよ」

そう言って笑う姉の横で、私はあらためてタブレットを確認した。

『目玉商品! 北海道のタラバ蟹、
一杯1,000000円!』

信じられない、と私は大きく息をつく。
ちゃんと見てほしい。

「……お姉、これ、十万じゃなく、百万だよ」

私が囁くように言うと、姉は「へっ?」と目を瞬かせた。

「ゼロひとつ抜けてるよ」

私は息を吐き出して、タブレットを床に置く。姉は「うそ」と洩らして、値段の確認をしていた。

「そもそもさぁ、北海道の蟹が十万なわけがないじゃん」

20XX年、北海道は日本より独立した。
そして、『北海道国』となった北の大地は『道国民の食生活の充実を第一に』をモットーにし、輸出をほとんどしなくなったのだ。
季節ごとに行われる北海道国フェアは会員制であり、選ばれた富裕層しか入れない。その入場チケットは、時々ネットで恐ろしい金額で転売されている。
時折、一般市民も通販やフェアで北海道産地の海鮮やスイーツを買えることがあるが、いつも値段は目玉が飛び出るほどだ。
かつて、一箱千五百円程度だった『白い恋人』は十五万に、大好きなバターサンドは二十万になっている。
中でも価格が高騰したらのは、海産物だ。
原因は日本国民による密猟で、政府も蟹を食べたくて黙認していた(と推測される)ことから、北海道国は制裁とばかりに、海産物の価格を引き上げた。
おかげで一万円程度だった毛蟹やタラバ蟹が、今や百万。
『海のダイヤ』なんて呼ばれ方もしている。

つまり、この広告は妥当な金額だ。
滅多に入荷しない北海道の蟹なのだから、目玉商品であるのは間違いないだろう。とはいえ、私たち姉妹に手が届くような金額ではない。

「あー、一瞬の夢だったわ、北海道国の蟹がたったの十万だなんて」
「だね、北海道国に亡命したい」
「ホントに。北海道国が独立する前に移住しておけば良かった」

私と姉は、その場で大の字になって寝る。
一昔前は、『石油王と結婚したい』というジョーク(?)があったそうだが、フリーエネルギーの時代、石油王にはそれほどの価値がなくなっている。
また、今やほとんどの人間が家で引き籠って仕事をしているため、皆の欲求は着飾るより、『美味いものを食べたい』という本能が剥き出しになっていた。
そう、ダイヤよりも蟹に価値があるのだ。
そんな昨今、日本国では石油王と結婚ではなく、『北海道国民に見初められたい』というのが主流だった。
私たち姉妹はおもむろに立ち上がり、冷蔵庫からカニカマと缶ビールを出す。
一応言っておこう。
「あー、北海道国民に見初められたいっ」

友人3人で企画して始まった『金曜日のショートショート』は、報告不要で誰でもご自由に参加いただける企画となっております(もしよければタグをご活用ください)また、金曜日に間に合わなくてもOKなゆるゆるの企画です。過去分の参加もご自由に!
次回(6/5公開予定)の第4回のテーマは『はじめての』です。

テーマ一覧
01 金曜日(5/1公開)
02 レモン(5/8公開)
03 蟹(5/22公開)
04 はじめての(6/5公開予定)

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