コロナ死亡患者の4割が「元々寝たきり」の波紋

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コロナ死亡患者の4割が「元々寝たきり」の波紋
4/21(水) 12:01配信

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東洋経済オンライン
ダイヤモンド・プリンセス号の船内で医療支援をする自衛官(写真提供:防衛省統合幕僚監部)

1年前のダイヤモンド・プリンセス(DP)号の集団感染の現場を仕切った2人は、今も新型コロナ感染症対策の最前線に立っている。神奈川県の阿南英明・医療危機対策統括官(55)はその肩書きどおり、県のコロナ対策全般を統括。厚生労働省DMAT(災害派遣医療チーム)事務局の近藤久禎次長(50)は頻発するクラスター(感染者集団)の収束のため全国行脚を続けている。
『世界を敵に回しても、命のために闘う ダイヤモンド・プリンセス号の真実』を上梓した毎日新聞の瀧野隆浩氏が聞き手となって行われた対談の最終回は、彼らがDP号後の現場で何を考えたのか、そして今後何が必要なのかを語ります。

【写真】対談に応じる阿南英明医師

第1回:「横浜クルーズ船感染」現場医師が今明かす真相
第2回:感染制御しても批判「横浜クルーズ船」の理不尽

■重症化しなかった患者を引き受ける病院がない

 ――昨年末、2人とも多忙だったようですね。阿南先生は年末の第3波の際は、「神奈川モデル」という先進的な医療体制について取材を受けテレビに出ずっぱりでしたし、近藤先生はメールをしても返事がないし……。

 近藤:DPのあと、昨年4月以降は沖縄から北海道までクラスター(感染者集団)に認定された病院や施設を切れ目なく回っていましたから。その間に、熊本県の豪雨災害があったりして……。

 阿南:DPの教訓から「神奈川モデル」はできたんですが、新型コロナという災害時の仕組みを平時の仕組みに戻していく必要がありました。単に元に戻すというよりも、よりよい地域の医療体制をつくりたいと。そんなことにかかりきりでした。

 ――具体的にはどんなことを進めてきたのでしょう。

 阿南:コロナ医療の何が問題かといえば、陽性判定を受けて急性期病院に運ばれた患者が重症化しなかった場合、引き受ける病院がないからそのまま滞留すること。

 コロナ患者を診るのは一定のスキルや施設が必要なので急性期病院なのでしょう。だけど、10日たてば感染者ではなくなるのだから、もっと一般病院でも受け入れてほしいと。徹底的に病院の人たちと話をしました。

 そこで「感染が急拡大したら急性期病院は満床になり、みなさんの病院からコロナ患者が出ても引き受けられなくなりますよ」と訴えたら、「それは困る」と。「だったら、10日すぎた人を受け取ってください」と言ったら、「それならできる」と(笑)。

 近藤:急性期病院は歯車の回転が速く、慢性期病院は遅い。だから滞留が起きている。それで救命センターの医師が、「転院調整」に時間を取られている。このテーマ、これまでもずっと指摘されてきたことですよね。

 阿南:そう。引き受ける側のほうが入院期間は長いから、滞留しがちなんだけど、だったら数を増やす。引き受け病床を2倍、3倍確保する。

 あとは調整。コーディネーターを置き、マッチングのためのコンピュータのシステムをつくりました。「療養期間終了情報」と「受け入れ可能医療機関情報」を入力しておけば、2時間もあればマッチングできるようになりました。これが「後方搬送調整の神奈川モデル」。

■コロナ患者を見る病院の負担を軽くする

 ――よく、病院がのってきましたね。

 阿南:第3波のバタバタのときにやったから。危機感がみんなにありました。コロナ患者を見る病院の負担を軽くするためですから。

 それから、熱が出てどこで診てもらえるかわからない問題。開業医の人たちにじっくり話を聞いたら、彼らはコロナに感染することではなく、風評被害を恐れていました。「コロナの人が行っている」というウワサだけで一般の受診がなくなる、と。

 だったら、病院名を一切公表しない仕組みにすればいい。これが「発熱患者の神奈川モデル」。熱や咳、のどの痛みがある人は「発熱等診療予約センター」に電話かLINEで相談すれば、300人のオペレーターを置いているから、調整して20~30分後にどこに行けばいいか、返事ができる。

 近藤:受けるところと受けないところがあるから、風評被害が出る。ぜんぶが受ければ、風評は立たなくなるでしょうね。

 阿南:そう。予約センターはもうすぐ必要なくなると思います。最後に「地域医療の神奈川モデル」。これは自宅療養者の健康をどう管理していくかというテーマ。軽症・無症状で自宅にいて療養してもらっている人を、病変があったらすぐ対応したい。

 自宅を定期的に訪問できればいいのだけど、これも開業医さんに聞いたら、「24時間拘束されるのがイヤだ」と言う。だったら、訪問看護師にやってもらおう、と。県と自治体、地元医師会が協定を結び、ハイリスクの人をリストアップして看護師を中心にサポートしていく。3月末から一部の市で始めました。

 ――近藤先生は昨年春以降も、DP号のような、あるいはそれ以上に悲惨なクラスターの現場を歩いていますね。

 近藤:DP号のような現場は初めてで苦労はしましたが、結局、船内で亡くなる人はいませんでした。

 ところが、全国の病院や高齢者施設でクラスターが発生し、多くの人が亡くなっています。それでDMATとして支援に入っています。われわれが早期に支援に入れると効果が上がるということがわかってきました。

 ――専門家としての考えを、押しつけないからですかね。

 近藤:クラスターが出た現場は例外なく傷ついています。だから、現場ではまず「皆さんは悪くない。これは災害なんですから」と言います。

 そうして、ホワイトボードにスタッフから聞き取ったことを書いていきます。可視化してスタッフ自身が問題点を整理できれば、解決の道筋は自然に見えてきます。

 そうして新型コロナには「5つの死」があると気づきました。

 ➀恐怖から来る混乱で通常の医療・介護ができなくなることによる死亡、➁負担の増加と感染によるスタッフ数の減少があいまって受給バランスの崩壊したことによる死亡、➂新型コロナ肺炎での死亡、➃元々状態がよくなくて最後の死因がたまたまコロナだった死亡(「最後の一滴死亡」と呼ぶ)、➄それ以外の死因がついた新型コロナ患者の死亡、です。

 災害医療の観点からは、どんな亡くなり方をしているのかを調べることが大事なんです。

■コロナ患者の多くは「最後の一滴死亡」

 ――どんな分析結果が出ましたか。

 近藤:深刻な医療危機に直面していた札幌市にDMATが支援に入った期間(2020年11月8日~2021年1月21日)のデータが得られました。病院・施設にいた人は、コロナの「患者数」でみると札幌市内全体(1万0010人)の1割程度(985人)なのに、「死者数」だと市内全体(223人)の76%(171人)を占めていたのです。

 またクラスター(集団感染)が発生しその後亡くなった患者に限って、その「感染した場所」を調べると、療養型病院47%、一般病院が29%、精神科病院7%、施設17%で、療養型病院が半数を占めていました。さらにクラスター発生病院で感染した死亡者のうち72%は「寝た切り状態」だったことがわかりました。これは期間中の札幌市内の全死亡者(223人)の45%に当たります。

 つまり、コロナ死亡患者の多くは、さっきの5類型でいえば、➃「最後の一滴死亡」に当たるということです。通常の年でいえば肺炎やインフルエンザで亡くなったケースです。今、第4波に向けて国のコロナ対策は高齢者施設に目が向き始めていますが、亡くなっているのは療養型病院だということを指摘しておかねばと考えました。

 ――衝撃的なデータですね。こんなデータは初めてみました。

 近藤:私自身もほかではあまり見たことはありません。もちろん、大型クラスターが複数発生している地域という偏りはあるのでしょう。

 でも、亡くなった方の属性とか背景にまで踏み込んで調べて分析しないで、感染症対策は打てない。もっといえば、病院・施設で亡くなる人を減らすのを最大の目標にするなら、市中の移動とか飲食とかをこれだけ制限するのは、一定の相関はあるにしても、議論が必要だと思うのです。

 ――札幌市はどういう対応を取ったのですか。

 近藤:コロナを受け入れる病院までコロナが発生して、受け入れができなくなりました。そこで、苦肉の策なのですが、市や医師会と相談して、病院でコロナに感染しても患者はそこで留め置くこと(入院継続)にしました。第3波が来た直後のことです。

 本来ならコロナ病院に搬送すべき施設や病院にいた人たちをそのまま留め置いた。入院適応者の36%に当たります。ところがその数は実際に入院した患者の数の6割に当たりますから、留め置いたことで、保健所スタッフらの入院調整にあたる負担を6割軽減したともいえるのです。医療崩壊に至らずにすみました。

■札幌のデータを神奈川モデルへの合意に生かせた

 ――大事なデータと知見ですね。これは広く共有すべき話だと感じます。

 阿南:札幌のデータがあったから、神奈川県では各病院関係者にていねいに説明して、「後方搬送調整の神奈川モデル」へ合意を取り付けることができました。

 近藤:札幌市では、これらの経験を踏まえ、市長や医師会長らが連名で2020年12月4日、市内各病院に対し「緊急要請」を出しています。「自院における陽性患者発生時の入院体制の確保」などの3項目です。

 非常に微妙なテーマも含んでいますが、第4波が来る前に、医療関係者だけでなく、みんなできちんと議論しておくべきテーマでしょう。私個人は、福島第一原発事故で経験した、「救える命を救えず、尊厳ある死亡すら守れなかった」という悔恨がずっとありますから(対談第1回参照)。

 阿南:そうですね。コロナで「やられた」と思っちゃいけない。コロナをいかに、反転攻勢に持って行けるか。地域医療構想とか地域包括ケアとかを考える。さらに日本全体の医療や介護の体制をよりよくするにはどうしたらいいのか。変えていける最大のチャンスだと思っています。

瀧野 隆浩 :毎日新聞社会部専門編集委員

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