「喉鳴り」を知ろう!
はじめに
今年2022年のクラシック戦線を賑わすであろうジオグリフ
実力は折り紙付きな一方で、「喉鳴り」持ちであることが心配されていますね
そこで「喉鳴り」について改めて調べたのでまとめました(ほぼ備忘録)
*当記事の多くの部分について日本中央競馬会 日高育成牧場 生産育成研究室 佐藤文夫さんの『若馬における咽喉頭部内視鏡検査所見について』(2013)を参考にさせていただきました。
「喉鳴り」とは
喉鳴りは正式名称を「喘鳴症(ぜんめいしょう・ぜいめいしょう)」と言います。
その名の通り、呼吸時に「ヒューヒュー」「ゴロゴロ」と喉が鳴ることからこう呼ばれています。
この異音は喉(咽頭部)が狭まることで起こりますが、狭まる原因は1つではありません。
単に「喉鳴り」と呼ばれていてもその原因となる病気によって重さや治療の難しさも変わってくるのでここは区別することが重要です。治療例としてよく挙げられるダイワメジャーとグランアレグリアも実は全く別の病気です。
ここではいわゆる「喉鳴り」と呼ばれる病気を3つ紹介させていただきます。
①喉頭片麻痺 (LH)
LH:Laryngeal hemiplegia
![](https://assets.st-note.com/img/1644798191899-EeM4dnYK9j.png?width=800)
喉頭片麻痺は喉鳴りのうちの代表的な1つで、「ヒューヒュー」という呼吸音がすることが特徴です。ダイワメジャーが罹っていたのがこれですね。
左反回神経の麻痺・原発性の筋萎縮によって背側輪状披裂筋が動かなくなり、披裂軟骨小角突起が開かなくなる病気です。
…非常にわかりにくいですが、つまるところ本来は呼吸のたびに開くはずの上図の濃いピンクの部分が開かなくなってしまう病気です。
それによって喉が笛のようになり「ヒューヒュー」と音が鳴るわけです。
また図のCのように特に競走時に顕著で、向かって右側、馬から見て左側の披裂軟骨小角突起(濃ピンク)が内側に倒れ込んできてしまうため、ほとんど息ができず競走が非常に困難になってしまいます。
この病気の原因はいまだに解明されていませんが、500kgを超える牡馬に多くみられるという特徴があります(500kgを超える牝馬は少ない)。
また、統計的調査では喉頭片麻痺の遺伝率は約20%と言われています。
喉頭形成術
そして1番気になる治療法についてです
喉頭片麻痺は自然治癒のない病気なので治すには手術しかありません。
方法はいくつかありますが、その中で最も用いられている喉頭形成術について説明します。
![](https://assets.st-note.com/img/1644801601698-BYjH6hCjOO.png?width=800)
喉頭形成術とはその名の通り「喉を作る」手術です。
具体的には、開かなくなった披裂軟骨小角突起(濃ピンク)を糸でもって無理やり開いてしまうという手術です。
これによって気道は確保されますが、糸で開きっぱなしにすることで食べたものが気管に入って誤嚥性気管・肺炎を引き起こしてしまうなど合併症のリスクが大きい手術でもあります。
またご存知の通り競走馬というのは個体差が非常に大きいため、お医者さんのスキルがなかなか蓄積されないという問題点も持っています。
喉頭形成術を行なった競走馬のその後を見ると、
・殆どが約1ヶ月後に乗り運動を開始している
・約半数は術後半年以内にレースに出走している
という特徴が見られます。これは裏を返すと約半数は半年以上レースに出ることができないということでもあります。
また賞金について見ると、約半数が術後の収得賞金が100万円以下となっています。(ただし中央だけでなく地方所属馬が含まれていることや、手術の有無に関わらず能力が低い馬も存在することは留意が必要です。)
一方でダイワメジャーという術後8億円以上稼ぐ馬や、その他億単位で稼いだ馬も複数いるため、手術が「成功すれば」競走能力に影響がないということも言えます。
Havmeyerグレーディングシステム
(この項はおまけです)
この喉頭片麻痺は罹患馬によって症状の度合いが異なるため、一般的にHavmeyerグレーディングシステムという指標を用いてグレード分けをします。
このグレードはセレクトセール(1歳馬のセリ)においても用いられ、その場合は上場される馬の品質を保証するために提出される「気道内視鏡検査動画」という静止時の喉の動画をもとに決定されます。
![](https://assets.st-note.com/img/1644799397073-1yEdzitRhq.png?width=800)
(佐藤文夫『若馬における咽喉頭部内視鏡検査所見について』(2013)より)
またまた少し難しいですが、グレードごとに濃ピンクが
1:左右同時・対称に開く
2:左右バラバラだけど開く
3:左右バラバラな上に完全には開かず、すぐに閉じてしまう
4:開かない
という感じです。
先述の通りこれは静止時の状態で決められますが、グレードが高くなるほど運動時の呼吸機能も低下するという相関がはっきり見つかっています。
特にグレード3以上では低下が著しく、競走が困難になる競走馬も多くなります。
②軟口蓋背方変位 (DDSP)
DDSP:Dorsal Displacement of Soft Palate
![](https://assets.st-note.com/img/1644802100241-A3w2oC0iD8.png?width=800)
軟口蓋背方変位も喉鳴りの代表的な1つで、「ゴロゴロ」という湿った呼吸音が特徴です。一般的には記事などでも「DDSP」と表記されることが多いです。
DDSPは軟口蓋が喉頭蓋の上方に変位する病気で、図では薄ピンクの部分がクリーム色の部分を飲み込んでしまっていることがわかると思います。
軟口蓋(薄ピンク)が持ち上がり、喉頭蓋(クリーム色)が喉奥に垂れ下がることで呼吸した時に喉が詰まってしまいます。
DDSPはまだ咽頭が発達しきっていない若馬に多く見られる症状で、成長とともに咽頭が発達することで良化する場合が多いです。
外科的治療法としてレーザー治療(成功率6割ほど)などもありますが、時間経過による自然治癒が選択されることも多々あります。
また咽頭が未発達の若馬と同じく、喉頭蓋の形成異常(AE:Abnormal of Epiglottic)を持つ馬は正常な馬に比べてDDSPを発症しやすいと言われています。
Havmeyerグレーディングシステムの項で述べたような気道内動画撮影の際に馬は頭を上げた状態になるので、角度的に一過性のDDSPとなる場合があり、確定には運動時の内視鏡検査が必要とされています。
③喉頭蓋エントラップメント (EE)
EE:Epiglottic Entrapment
![](https://assets.st-note.com/img/1644802075938-4oGAQOIXhH.png?width=800)
「喉鳴り」の3つ目は喉頭蓋エントラップメント(EE)です。
これは喉頭蓋(クリーム色)のヒダが上に転移することで喉を狭める病気です。
治療法は簡単で、喉を塞いでいる部分をカッターなどで切開します。
この治療法は合併症などもなく予後が良好で、治癒自体もすぐに終わります。
実際にシーキングザパール、グランアレグリアなどがこのEEになりましたが、治療することで現役を続行しました。
おわりに
このように「喉鳴り」と一括りに呼ばれる中にも種類があります。
これを知ることで予想の役に立つ、というものではないですが、「なんで治療しないんだろう」という疑問にスッキリする部分が生まれたのではないでしょうか。
ジオグリフについても単に喉鳴りという情報しかありませんが、ゲート試験前から判明しているのに手術をしないということは喉頭片麻痺かDDSPなのかな、とか考えられてちょっと楽しいですね。
参考
佐藤文夫「若馬における咽喉頭部内視鏡検査所見について」(2013)
http://www.hokkaido-juishikai.jp/wp/wp-content/uploads/2014/05/1309-01.pdf
田上正明「サラブレッド 302 頭の喉頭片麻痺に対する喉頭形成術の術後成績 に関する回顧的調査」(2011)
http://www.b-t-c.or.jp/btc_p300/btcn/btcn83/btcn083-05.pdf
(他の喉の病気もイメージ図作ったので供養)
![](https://assets.st-note.com/img/1644804740997-gUQgOYLYjT.png?width=800)
![](https://assets.st-note.com/img/1644804793836-KdudhjH9rx.png?width=800)
![](https://assets.st-note.com/img/1644804843635-ovzXOBBohO.png?width=800)
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