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岐阜・白川郷

皆様、こんにちは。

先日のTwitterからのお話を一つ。

わたしがフォローしてる在日フランス人で、日本のあちこちに行ってインタビューしたり写真を載せて紹介してる人がいるのですが、岐阜の白川郷は美しいと言うTweetを見かけました。

それを見て思い出す幼少時の記憶。現在はユネスコ世界遺産に登録されていますが、白川郷はわたしの亡き父の故郷。

わたしが行ったのは小学生の頃に2回のみでしたが、異空間かつ子供心に恐ろしい場所、と言う思い出しかありません。今日はわたしにとって怖い場所でしかなかった白川郷の話を書きたいと思います。

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ちなみに観光客が訪れている白川郷はわたしの知らない都会です(笑)。実際世界遺産に登録されてるのはごく一部の町で、父の実家は白川郷ですが世界遺産に登録されていない地区だと思います。家や雰囲気は同じですが、わたしの父の実家はもっと山奥でさらに田舎でした。正確な場所は全く覚えてないけど、覚えてるのは白川郷、そして道の駅(白川郷にある)からバスかタクシーか車で山道を行く事1〜2時間程でした。

ちなみにこの山道、当時はガードレールがない細道で1車線。対向車が来たらどちらかが寄らなければ通れない道でした。なので時間もかかる。落ちたらアウト。何で覚えてるかと言うと、母が怖くて泣いたんですよね。

あとは、わたしの記憶では道の駅のトイレだったと思うんですが、あまり書きたくないけど……夏に行ったわたし達が見たのはトイレ一面のウジ。そう、白川郷は大自然であり今の様に観光地化もされておらず、地元の人以外は人が来ない場所でした。今はどうなってるのか。道も駅も補正されて恐ろしい道ではなく駅もトイレも綺麗になってるかと思います。

もうね、一つ一つが恐怖だったの。子供心には!

わたしが初めて行ったのは祖父のお葬式(100歳超え)でした。山奥だし世界遺産で見る白川郷の通りの家だし、家の前にはエメラルググリーンの川が流れていたし、部屋には亡くなった祖父が寝かされていたし、小学生のわたしにはかなり怖かったんです。

それだけでも異空間なのにお葬式はかなりの異空間でした。親族の男性は全員紋付袴を着用、しかもその袴、水色。そして肩ごろも付き。父の兄弟は7人。この袴を着用した親族一同がズラッと並んでお酒を飲んでいました。

今回はまるで写真がないので、描きました(笑)。一発描きなのでアレですが、左が普通の紋付袴、右が肩ごろも。上着が入っていたかどうかは覚えていませんが、肩が尖ってる肩ごろもの袴をプライベートで見たのは後にも先にもこの時だけでした。

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しかもこの格好のまま、親族がみんなで祖父の棺桶を担いで裏山にある墓場に運ぶんですね。先頭は勿論お坊様。水色の袴を着た親族が山道をみんなで歩いて行く訳です。

昔は人魂もいっぱい見えたんだぞ、裏山では熊に顔をやられて半分になっちゃった人がいてなぁ、なんて話を聞きながら。

父の実家の辺りは凄く小さな小さな町で、町にあるお店は一件のみでした。家の前に流れてる川(小川ではない)には蛇の抜け殻がそのままくっついてたり、家から一番近い橋は古い木で出来た橋で一人しか渡れなかったり(手すりなどないよ!)、家のお風呂は五右衛門風呂だったり、窓から青大将(蛇)が出たり。勿論絶叫。

中でも一番よく覚えてるのは、家の近所にあった神社。少し山を登るんですが、人がいるどころか草が生い茂っていて、ここの階段でみんなで撮った写真があるのですが、親戚のお姉ちゃんの足が写っていませんでした。ちなみに神社として機能してるかどうかは知りませんが、住民は行かないそうで、何でかはまるで覚えていません。

大人になった今は心霊写真て偶然の産物でしょ?と思っていますが、当時は本当に怖かったなぁ。

あとは父の姉の家が歩いて15分ほどの所にあったのですが、三角の形をした何もない土地があったんですね。木だけ生えていて、でも綺麗にされてるの。何でここ何もないの? と聞いたら、昔この場所は人を処刑してた場所だったんだよと返って来ました。土地はあるけど使ってはいけない土地だったんでしょうね。

1000年杉と言う巨木や100年岩と呼ばれるものが祀られてあったり(しかも畑の真ん中とかにあった)、何だろう、山の奥(山の上?)にある小さな町で、自分が見た事もない雰囲気と建物と文化で、街灯などなくて家の前の川は緑かエメラルドグリーンでごうごう言ってて。

聞く事、見るもの全てが怖かった思い出です。

今の時代だと白川郷の家はとても美しく見れますが当時は暗くて古くて家が少なくて、ネズミや蛇やアブも沢山出て、父親の子供の頃の冬は2階から出入りする程の大雪だったそうです(家は2階建て)。

唯一、新鮮だった思い出は家に冷蔵庫がなく、家の中に湧き水が通るスペースがあった事。家の横にも山水が流れていたので、夏の野菜は山水で冷やされていてとても美味しかったのを覚えています。

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父が生きていたらもっと面白い話が聞けたとは思います。残念ながら父の親族とは付き合いがなく、母はとても閉鎖的な父の故郷を嫌っていました。ちょっと独特だったもんね。

もっと土地柄の文化的な事や宗教を聞いておくんだった。

ちなみに…今は父の姉も引っ越し、祖母もなくなり、父の故郷は実家の家が残ってるだけとなりました。父の町も観光客がだいぶ増えたと聞いています。今はどうなってるのでしょうか。

大人の今だったら全く怖くないですが、子供心には怖い思い出しかなかった白川郷。しかし時代は変わって今は美しい場所です。機会がある方は是非行かれてみて下さいね。

また近々お会いしましょう🌹

Photo: Mac Harley


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