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宗教的価値観【大アルカナⅡ 女教皇】

みなさん、こんばんは。
今宵はどんなお話をいたしましょうか?

ようやくお盆の期間が終わり、新月を迎え、空気感が変わってきました。
お盆の時期は、霊感がないと思っている人でも、何やら「ざわざわ感じる」と
思うことが多いそうです。

あなたはいかがでしたか?

お盆帰省も終わったであろうことも推測して、日本らしい『儀式』のお話をしてみましょう。

Mahouも今年は宗教観に絡まりついた家族人数分の価値観に
振り回されてきました。
人の数だけ、宗教的価値観が存在します。
地域性もあるし、宗派的な強制力もありますし、なかなか一言で言い切れません。

Mahouの実家も代替わりをしたのを機に、
年間にこんなにお寺から請求されるとは思ってもいなく、
現実を知る出来事が多々ありました。
もちろん、お墓があるお寺によって金額は違いますから、一概に言えません。

とはいえ、Mahouが直面した話としては、
これは『今後維持できない金額』であったことは事実。

知り合いを通じて、総本山に問い合わせてみたものの、
『相談事』として話は聞いてくれるものの、
『クレーム』として受け付けてくれなく、
またそのお寺に対して『指導』もできないのが現実だそうです。

わかりやすく言えば、フランチャイズなんですね。

だからと言って、残念ではありましたが、不満があるわけでもないのです。
これは、、、、仕方がないと思います。お寺も今ではビジネスですからね。
知らなかったとはいえ、契約してしまったのは親ですから、
後始末をしなくてはなりません。ただそれだけ。割り切ります。

もし、お墓がなくなったら、と想定してみます。
つまり永代供養(永代供養墓)であっても、さほど変化はないかと思います。
一応お墓と呼ばれる目的の場所さえあれば、その場所に出向いて手を合わせる行為は納得のいくものですしね。だとしたら行きやすい場所がいいかな?

【大アルカナⅡ 女教皇 純粋な精神性】

時代が変わっていきます。

実体験を通じて、宗教観まで大袈裟な言い方をしないまでも、
「手を合わせる」行為が人それぞれだと改めて思い直します。

でも、じっくり周囲を見ていると、
やはり「生前の関係性」が色濃く出ているのだと思いました。

墓参りに行けば、多くの墓跡に花が手向けられています。
それぞれの想いがあり、それらが決して友好的な感情でなかったとしても
花が添えられている墓所は、恐ろしい場所には思えませんでした。

例え、花を手向けられなくても、それぞれが各地で心の中で、墓所の中の人に限らず、大いなる目に見えない存在に向かって、いっとき心を留めてあげれば、
自ずと関わりのある墓所は、暖かい雰囲気に包まれるのではないか?とまで
感じ取れました。

お盆やお彼岸の時期は、各自がやりたいように自分なりの心を馳せることが
何よりも一番大事なのだと、我が事になり実体験できた今年の夏でした。

タロットMahou

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