池袋の魔女

12月の寒い日だった。買ったばかりのコートを着ていたのに、気分はどんよりと落ち込んでいた。その頃の私は小さな恋を失ったばかりで、枕に突っ伏しては思い出の中で呼吸をしていた。客観的にみればなんてことのない、つまらない失恋だった。しかし当事者は事実を客観的にみることができないというのが世の常で、当事者の私は泣き濡れて暮らしていた。

「当たる占いがあるんだよ」
ふと、友人の言葉を思い出す。わらにもすがる思いで、池袋に赴いた。誰でもいいから助けてほしかったのだ。

東口を出て、中高生の波をかき分けるように進む。ビルの7階とか8階とかだったと思う。とにかくたくさんエスカレーターに乗った。会いに行ったのは50代とおぼしき女性だった。派手な顔立ちに合う派手な名前をしていて、ぬらぬらした赤い口紅と黒い服が五感に刺さった。

向かいに座って、生年月日、名前を記入する。なんと切り出していいかわからず、所在なくパイプ椅子に縮こまっていた。

彼女は優しく、しかしはっきりとした口調でこんこんと私の問題や向き不向きを説いた。最終的には「デートは3回誘われたら1回行くくらいにしなさい」「同時に何人かと付き合えば心に余裕ができるから」など、もうそれって占いではないのでは、といった丁寧なアドバイスまでされた。

彼女はいわゆる神秘的な、占い師然としたあちら側の容姿をたたえながら、言うことはまるでこちら側の生身の人間だった。そのアンバランスさは、戸惑いともいえる感覚として当時の私の脳内に記憶された。しかしその異物感が、傷心から立ち直った私には心地よく沁み入るようになった。

それから何年か経ってまた彼女に会いたくなったとき、もう彼女はそこにはいなかった。インターネットで探しても、はじめからこの世に存在しなかったかのように、まるでなかったことになっていた。魔女だったのかもしれない。あちら側とこちら側の世界を行ったり来たりしていて、あのときたまたまこちら側にきていた、とか。池袋の東口に降り立つ度にもういないあの魔女を思い出す。涙が乾いた私の少し古くなったコートのそでが、あちら側に引っ張られている気がする。

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