しおりの人

荷造りをしていると、クローゼットからくしゃっとした紙が出てきた。片面が白い紙。そのふにゃふにゃを開くと、水道料金の領収書だった。
しおりだ。私はすぐにわかった。

この家には私の他に、もう一人住んでいたことがある。私はその人を好きだった。その人もたぶん、私が好きだった。本と映画と植物が好きな、優しい人だった。

なんとなく一緒に暮らし始めた。料理は苦手だったけど、掃除は上手い人だった。
「コツがあるんだよ」彼はひそひそ声で言った。でも、そのコツは教えてくれなかった。「ようちゃんは、そのままでいいから」優しい人だったのだ。

掃除が上手いマメな彼は、それでもズボラな私につき合った。ポストのチラシや、駅前でもらったティッシュや、レシートの束を、私はいつも捨てられなかった。机にばらまいたそれらに、彼はなにも言わなかった。そして時々、それらを本のしおりにした。そういう人だったのだ。

優しくて、優しすぎて、彼は私よりもっとか弱いひとの元へ行った。「ようちゃんは、そのままでいいから」と言う彼を、私は黙って見送った。

私は今日、生まれた町へ帰る。こっそり教えてあげると、ゴミ袋の中でしおりが返事をした。引っ越し業者の声が聞こえ、玄関へ向かった。出発時刻はもうすぐだった。

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