中野通りを抜けて

春はあまり好きな季節ではない。マイベスト四季ランキング、4位。
出会いと別れの季節とは言うけれど、どうしても別れの印象が色濃く残ってしまう。新しい環境になると心がざわつくことも多く、なんとなく落ち着かない季節だ。

22歳の春、4年間親しんだ野方から友人の部屋に引っ越した。明るい引っ越しではなかった。自分で自分を突き飛ばし、逃げるように、それでも転がり落ちないように居場所を変えた、そんな引っ越し。
ルームメイトは信じられないくらい優しく、私は信じられないくらいにどうしようもなかった。

その日はままならぬ気持ちを抱えて、ルームメイトのピカピカの自転車を借り、大通りへ出た。右、左、右、左とペダルを踏む。周りの人は親切なのに、私は呆れるほどわがままで腹が立った。しかしその道を選んだのは紛れもなく自分で、そのことを責める相手もまた自分しかいなかった。今この状況が正しいのか間違っているのか、誰も教えてくれなかった。思考の沼に沈む音がする。

交差点を曲がると中野通りに出る。道なりに提灯が並び、桜並木が広がっていた。花びらを頬で受ける。右、左、右、左。足を動かす度にぐんぐん進んだ。ラーメン屋、あおい書店、フレッシュネスバーガー、ドンキホーテを抜けて、 中野駅。春の風は強く息が切れた。酸素不足の頭の中に、風の音が残った。

自分の将来さえ自分で描けない私は、ひとり東京の隅で息を吸ったり吐いたりしている。桜が頬にあたって春の存在に気づくように、息を切らせてはじめて私が今ここで生きていることを知る。なんだか少しロマンチックで嫌だった。足を下ろして見上げると、薄い春が広がっていた。

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