西新宿は広く

「知らない人についていっちゃいけません」
物心ついた頃から口酸っぱく言われたことばが胸にチラつきながら、初めて、顔も知らない人と落ち合う。

私はその頃19歳を半年過ぎたばかりで、いくつかの別れを経験し、何かしなくては、という思念に追われていた。
目ざとくみつけた編集サークルに連絡をとり、興味があるのですが、と簡単なメールを送ると、ひとまず、会って話をしましょうと言われ、京王デパートの入り口で待ちあわせた。

変えたばかりのピンクの携帯電話を右手に、約束の14時を待つ。まだ携帯を色で選ぶ時代だった。薄いブラウスに赤いカーディガンを着ていたと思う。
ブルっと携帯が震え、もしもし、と電話に出ると、着きましたか?という知らない声。入り口の…という声が少し歪んで受話器に吸い込まれていく。
そのままうろうろとしていると、同じく携帯を片手にうろうろするパーカーに眼鏡姿の人と目が合う。

はじめまして、という挨拶も早々に、じゃあ行きましょうか、と西へと向かうその人についていった。
知らない人と落ち合う非日常に、両者上ずった声色を隠せぬまま、オフィス街の高層ビルの地下にある小洒落たカフェに入り、コーヒーやらカフェラテやらを頼んだ。

サークルの説明なんかを受けながら世間話をしたあと、都庁の展望台の話になり、お店を出て、さらに西を歩き、都庁へ向かった。
展望台にしては短いエレベーターを登りきり、展望台へ入る。あの建物は何ですかとか、あんな遠くまで見えるんですね、とか、展望台にふさわしい話をして、また地上へ戻り、それぞれの家路についた。

会って二時間ばかりの人と、都庁で夜景をみた記憶はいつも、知らない街で知らない人についていく不安と刺激がまとわりつく。
それ以来都庁の展望台にはのぼっていないし、その人とも疎遠になったが、ついていった西新宿はいつだって広く、私は道を覚えられない。

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