『逃げ上手の若君』信濃編における保科弥三郎•四宮左衛門太郎の立ち位置について

『逃げ上手の若君』(松井優征、集英社)信濃編における保科弥三郎・四宮左衛門太郎の立ち位置は、ワンピ・アラバスタ編におけるビビちゃんに似てるんじゃないかと思ったら、なんかジワジワきました。
つまり章ボスと因縁があって、彼を倒すために主人公に手助けを求めるポジションです。

信濃編全体を単行本単位で分けていくと、
まず1巻(幕府滅亡〜諏訪明神のこと〜vs牡丹)は若君の旅立ちと、戦い方・敵のこと・味方のことを知る(若君/読者が)、貴種流離譚の端正な語り出しです。

次の2〜3巻(犬追物〜玄蕃登場〜vs瘴奸)ではライバル・師匠役の小笠原貞宗が登場して、何かと若君/諏訪頼重にちょっかいをかけてきます。若君は貞宗(やその郎党)との戦いの中で逃げながらの戦い方を会得していきます。

で、4巻(川中島蜂起)で悪徳国司と、国司に反逆する保科・四宮が出てきます。最初は敵も味方も知らない人でやや唐突感があったのですが、この信濃編が国司と保科•四宮の因縁を軸に描かれていると考えると、不自然ではありません。
信濃編の章ボスは、若君/諏訪頼重とのトムジェリな関係性やその格の高さから、貞宗であることは間違いありません(単行本表紙にもなっていますし)。ただ、史実では若君が信濃を出る時に貞宗は死なないので、信濃編を終わらせるにあたりカタルシスが足りません。
そこで、もう一人の章ボスとして登場したのが悪徳国司なのではないでしょうか。保科・四宮から税を搾り取り領民を殺す倒すべき悪として、4巻・5巻・8巻に渡り非道を行います。
若君は国司との因縁はほぼありません。直接対峙したのは8巻の倒す直前のみで、他のシーンでは吹雪や保科•四宮が国司を倒しかけていますし、若君は国司から直接被害を被っていません。直接の因縁を避けたのは、若君本人が倒すべき相手は足利のため、それ以外の相手への憎悪を重くしてしまうと話の軸がズレてしまうからかなと思います。代わりに若君は、章ボスと因縁を持つ現地の人(保科•四宮)を手助けする、流浪の貴種らしい立ち位置に収まります。2巻綸旨編や3巻vs瘴奸でも見られた、若君が亡命先の信濃の人を手助けする構図で、これを積み重ねることにより中先代の乱に命がけでついていく信濃の兵に説得力が増していきます。

という訳で、4巻(川中島蜂起)は信濃編の終わりに向けた布石でした。
続く5巻は再度貞宗と若君のトムジェリパートを挟みます。そして前哨戦でこれから一緒に戦う頼もしい仲間たちを紹介しつつ、保科•四宮を更なる窮地に立たせて信濃編終わりに向けたカタルシスを高めて、若君の負けにより修行編につなげます。"兼ねる"がすごい!!

6-7巻の京編は、歴史に名を残した人物が次々に出てくる物語の華の部分と、若君の修行編を兼ねています。
前哨戦で初めて負けを味わった若君が、逃げの師匠である楠木正成から教えを受け、京の様子から日本全体を見ることを覚え、仇敵足利尊氏との対面により仇討ちの想いを強くする、色々な面で若君が成長して、8巻で瘴奸を倒すに至るんだなと思うと感慨深いです。

上記の総決算として、8巻中先代の乱信濃戦で若君は瘴奸に勝ち、保科•四宮を手助けして因縁の国司を倒し、貞宗に一泡吹かせて信濃を出ます。
改めて見ると本当に綺麗な構成だなあ……とため息をついてしまいます。また保科弥三郎•四宮左衛門太郎が思ったよりお話の中核にいるな! と思い、彼らが窮地にどんどん陥っていくのは信濃編全体のカタルシスに向けた溜めを引き受けたからだったのだな……と少し誇らしいような気持ちになりました。

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