倫理問題解決のプロセス
カウンセラーとして直面する、複雑な倫理的問題について、どのように解決方法を検討するのかて、検討のステップ及び各ステップのポイントを解説します。具体的な検討事例に沿って、問題解決を試みます。
検討事例:産業カウンセラーAは、契約している企業の企業内研修を依頼された。研修の中で、クライエントが特定されないように、事例について、一般的によくある話と思われる程度まで抽象化した上で、うつに悩むある社員(B)の話をした。ところが、その研修にBが偶然参加しており、Aは、研修後にBから、「貴方はカウンセラーとしての守秘義務があるにもかかわらず、個人の秘密を会社に話した」と責められた。
第1段階:事実確認・情報収集
状況に関する情報を可能な限り集める。客観的事実と想像を分離する。複数の観点から問題を考察する。解決に向けた複数のオプションを模索する。
【事例へのあてはめ】
追加確認を要する事項の例
Aが実際にした話の内容(Bのケースを念頭に置いて具体的なケースとして紹介する内容であったのか。その場合、どこまで抽象化・一般化に向けた工夫をしたか。)/Bが自分の話であると推測した根拠/依頼された研修の目的・予定されていた対象者/Bのケースに触れる必要性があったのか/具体的にBに発生した被害の内容/クライエント以外の第三者もその話がBに関することであると思ったのか/Aと当該企業との契約関係/Bの来談経緯/他の相談機関・カウンセラーへのリファーの可否 等
第2段階:倫理綱領との照合
倫理綱領のうち、どの規定との関係が問題となっているのか。
問題となりうる規定をリストアップし、まずは、規定に従った解決を検討する。
ただし、規定相互の間で衝突・ジレンマが存在する場合もある。
【事例へのあてはめ】
第6条(信頼関係の確立)のうち、特に第2項(プライヴァシーの尊重)及び第3項(守秘義務)
第3段階:考慮されるべき原理とジレンマの分析
問題となっているカウンセラーとしての道徳原理は何か。各原理相互間でジレンマが生じる場合、その点も分析する。
【検討するべき原理・キーワード】
○自律尊重の原理→個人の尊重・多様性の尊重・インフォームドコンセント
*ただし、「尊重」である点に留意。「私は、よく考えた結果、自死を選びます」との意見は受け入れることはできない。(⇔無危害原理)
○無危害原理→クライエントに危害を加えてはならない。能力の限界を自覚する責任)
○仁恵原理→クライエントに積極的に利益を提供するように行動する
○正義原理→公正原理・クライエントを平等に扱う・公序良俗
○忠誠原理→守秘義務・善管注意義務・利益相反(多重関係を含む)の禁止
○正直原理(誠実原理)
○相互啓発→他のカウンセラーの課題を見つけた時に、すぐに外部や上司に告発する前に、まず本人に問題を指摘し、自己改善を促す機会を与える
【事例へのあてはめ】
忠誠義務、無危害原理、正直原理
第4段階:可能な解決策・再発防止策を練る
創造的な解決策を柔軟な発想で検討し、可能な限り、複数の案を出してみる。
その際、トラブルの当事者は、視野が狭くなりがちであるため、同僚など、他の第三者にも援助を求め、多様な視点・発想からより妥当な解決策を検討するとよい。
【事例へのあてはめ:解決策の例】
・同僚に起きたことを話し、事例の抽象化の程度等に問題があったか、第三者としての意見をもらう。
・当該クライエントについて話したものではないと言い張る。
・当該クライエントに関する事例を素材としたことは認め、クライエントに、不信感・不安感、あるいは、その結果としての怒り等の思いをさせたことについて、率直に謝罪する。カウンセラーなりに事案を特定されないように配慮した点や反省点を説明し、クライエントの意見を聴く。
・今後のカウンセリングの継続希望について、クライエントと話し合う。同じカウンセラーによる継続が困難な場合、他のカウンセラーと交替(紹介)する。
・配慮が不十分であった部分がないか見直し、今後は、特定不可能な改変の方法(性別や業種など、事例の本質に影響を及ぼさない属性に関する情報はすべて変える、物語のキャラクターを使用するなど)を実践する。
第5段階:解決策・再発防止策が及ぼす影響を検討する
第4段階で検討した解決策や再発防止策が、関係者にどのような影響を及ぼすのかを検討する。
〇分析の視点
誰に? クライエント、カウンセラー、そのほかの第三者
どんな? 良い影響/悪い影響
【事例へのあてはめ】
話し合いの結果、クライエントがカウンセリングを継続できた場合には、カウンセラーにとっては、良い教訓として残り、クライエントにとっても被害も小さくとどめることができたといえる。
クライエントの不信感・怒りが解消されなかった場合、慰謝料請求などに発展する可能性がある。また、カウンセリングの中断という結果に至ることも想定される。
第6段階:解決策の選択とその手段としての倫理テスト
採用しようとしている解決策について、いくつかの「倫理テスト」でチェックした場合に、問題がないと言えそうかを検証してみる。
〇倫理テストの例
①黄金律テスト:宗教上の教えや、国の推奨する規範などと整合するか
②自滅テスト:誰もが同じ解決策を取ったら、その集団を維持できるか
③権利テスト:相手方を人権享有主体として尊重しているか
④可逆性テスト:逆の立場でも同じことをするか
⑤普遍性テスト:すべての人に同じ解決策を取ることを望むか(自信を持ってお勧めできるか)
⑥タブロイドテスト:明日、新聞に取り上げられても平気と思えるか
【事例へのあてはめ】
「当該クライエントのケースではない」と言い張る方法は、相手方を欺く結果となり、③相手方を人権享有主体として尊重できていない、④自分が逆ことをされたら一層怒りを感じると想定される、⑤ほかの同僚に勧めることは難しい。
他方で、単純に「自己のクライエントを材料に企業内研修をした」という事実が強調された場合、実情以上に社会的な批判を浴びる恐れもあり、ただ謝るのみでは正解とは言えない。
自ら、第三者の支援も借りて十分に起きた課題の背景の検討と反省点・改善点を検討し、その点も併せて説明することが重要。
その説明に、クライエントが同意できない場合にも、クライエントの利益が損なわれることの内容に、できうる手当を約束し、実現することも重要。
第7段階:選択した解決策の実践
決断した解決策を実践してみる。そして、期待していた効果が得られたかを検証する。
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