嫌な記憶

 私には妙に鮮明に覚えている二つの嫌な記憶があります。どちらも小学校低学年の頃の他愛もないことなのですが、今回はそのうちの一つを紹介させてください。

13階のベイブレード

 当時小学校ではベイブレード(タカラトミーが発売していた現代版のベーゴマ。発売当初は鳴かず飛ばずだったのに、販促漫画の中で主人公がベイブレードで竜巻を起こしたら子供たちが一斉に飛びついたらしい)が流行っていました。そんなベイブレードが事件を引き起こします。

 事件当日の放課後、私は友達のTと二人でベイブレードで遊んでいました。私はベイブレードを持っていなかったのですが、Tが大量に所持しており、それを借りていました。しばらくするとTがおもむろに『ベイブレードの必勝法を思いついた』と言いました。彼の言う必勝法とは要約すると『高いところから打ち出した方が地面に着くまでの間が長くて回転力が上がるのではないか』のようなことでした。今ならば空気抵抗など野暮なことを言ってしまいそうですが、当時の私は一理あると思いました。早速我々はできる限り高い位置からベイブレードを打ち出し始めます。できるだけ背伸びをしたり、頭の上まで手を上げてみたり。そんなことをしているうちに2人とも『高さへの欲求』が抑えられなくなってきました。もっと高い所から打ち出したい。数秒の沈黙の後、Tが指を指して言いました。『あそこから打とう』と。その指先が示していたのはTが住んでいたマンションの最上階……

 僕とTは階段を駆け上がりました。早く最上階からベイブレードを打ち出したい一心で。最上階にて私達を迎えたのは強い風でした。それもそのはずマンションは13階建て。地方都市にしては中々の高さです。Tは『俺がやる』とだけ言うとベイブレードを構えました。『3.2.1 ゴーシュート!!』 少々怖気付いていた私とは対照的に迷うことも無くTは打ち出しました。大空に羽ばたくベイブレード。翼を持たぬそれは飛ぶ事は出来ず、風に煽られるだけ。大きく進路を変えた先にはマンションの駐車場がありました。

 ドン! と13階からでも聞こえる大きな衝突音がしました。お察しの方もいると思いますが、Tが打ち出したベイブレードは見知らぬ車の天井に落下したのでした。急いで降りて確認へ向かうと、運悪く車の持ち主と鉢合わせてしまいました。非常に大柄な男性という子供にとっては怖い要素たっぷりの持ち主は私達を見て全ての事情を悟ったようでした。そこからが私の嫌な記憶の根幹です。持ち主に説教を受けたのですが、知らない人に学校や家では無い場所で怒られているという状況が怖くて怖くて仕方がありませんでした。ずっと『殴られるんじゃないか』と震えていたのを覚えています。今でもたまに夢に見るくらいにはトラウマになったのでした。

 本当にこれだけの話なのですが、当時の私には怖くて怖くて仕方がなかったんです。2週間程は素行が良くなっていたと思います。ここでもTは私と対称的に何ともなかった様でした。怒った持ち主の真似をしたりしていた気がします。怖いものなしか。そんなTですが事件から程なくして札幌へと引っ越していきました。よかったな、札幌は雪が降るからベイブレード落とし放題だぜ。



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