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女王の闇#ルボン①【ウーリーと黒い獣たち】

「ウーリーが勇者ってどういうこと⁉」

置いたカップがソーサーと尖った音を立て合う。
とっくに空になったカップを、さっきから口へ運びかけてはソーサーに戻すことを自分が繰り返していることに気づく。

もう二度と会うことはないと、とうの昔に諦めた愛しの息子、ウーリー。
彼がターリキィ国を救う勇者ですって?

立ち上がった拍子に、さっきまで何度も読み直していた便箋が膝から床へ滑り落ちた。



ゴーショーから届く手紙でアタクシは他国の様子を逐一把握していた。
表向き、彼は流れ商人としているが、正体は諜報部員。つまりアタクシが送り込んだスパイ。

彼は頭脳明晰でどこにでも潜り込んで必要な情報を手に入れて来る。
が、唯一の難点はクセ字がひどいということだ。
「ら」が「ち」に見えたりと、彼の手紙を読むとアタクシは軽くゲシュタルト崩壊を起こす。
だが、まさに「かゆいところに手の届く」仕事が出来る男だから、文字のクセがひどいことは目を瞑っている。

今回、ゴーショーをターリキィ国へ行かせたのは、幼かったウーリーとアタクシを見放した夫、アクーン王のディセンション次元降下を図る陰謀を報告させるためだ。

アクーンは太陽の元に生まれし光の子。
その彼の存在意義を根底から覆してやろうと企んだのは誰あろう、このアタクシ。

そう、アクーンは憎んでも憎み切れない男。


それはまだアタクシが闇の国リケーンの女王として即位するずっと以前のこと。

女王である母は、アタクシを世継ぎとするため、闇を支配するものとして、人の感情の奥底に潜むネガティブなエネルギーを容赦なく、小さな私に植え付けることを躾としていた。
それは決して楽しいはずもなく、ひたすら孤独と悲しみに耐える日々だった。

その日はいつにも増して厳しい女王の言葉に耐え切れなくなり、気が付けばアタクシは城を飛び出していた。

「二度と城には帰らない」

アタクシは追っ手を振り切ってリケーン国から逃亡した。

あてもなく幾日もさまよい続けた後、たどり着いたのがショウナーン王国だった。
美しい海が広がる、サイケな若者が多く住むという奔放な気風の国。


真っ黒なドレス以外、身に着けたことがないアタクシは気おくれしながら浜辺へ出た。途方に暮れながら波打ち際を歩いていると

「今、何時?」

声をかけて来たのがアクーンだった。とてもまばゆい光を放っていて、アタクシはしばらく彼を正視できないほどだった。

「アタクシは時計を持っていないわ」

「あちゃー! 通じひんかったー」

戸惑って答えるアタクシに、彼はバツが悪そうに笑った。

「僕はアクーン。君は?」

「アタクシはルボン… どうしてあなたはそんなに眩しいの?」

「それはね、きっと僕というショウナーンボーイに一目惚れしたということさ」

「・・・」

噂には聞いていたけれど、ショウナーン王国はやはりこんな男ばかりなのかと呆気に取られた。

しかし、人懐っこい笑顔につられて色々話す中で、アクーンがターリキィ国の王子だということを知った。
純情だったアタクシは、一国の王子のくせに、他国のイメージを損なわせてはいけないと彼をたしなめた。

「僕は嘘なんかついてないさ。ターリキィではこういうのをノリっていうんだぜ。コミュニケーションてヤツじゃーん」

アクーンは取ってつけたようなショウナーン語で言ってカラカラと笑う。
こんなにも朗らかに、軽やかに話す人もいるのかと新鮮な驚きがあった。

彼の能天気さ陽気さはリケーン国で育ったアタクシにはとても刺激的で、まったく正反対の性質の二人はまるで磁石のプラスとマイナスのように惹かれ合った。

アタクシたちの家は代々、互いに相反し合い、歩み寄ることはない間柄であることから、自分たちの国にはもう戻らないことを決心してショウナーン国で暮し始めた。

和やかで、そして眩い結婚生活だった。
とにかくすべてが眩しくて、アタクシはいつも目を細めていたので目元のシワばかり気にしていた。

子どもを授かることになったとき、どういうわけかアクーンは「僕が産むんだ」と言ってきかなかった。

「早まらないで!」
「どう考えたって産むのは母であるアタクシでしょ」
アタクシは何度も訴えたが、とうとう彼はウーリーを背中で産んだ。

アタクシは時折、「ひーひー、ふう」なんて合いの手を入れてみたりしながら、茫然と夫の出産を見守った。

夫の背中から産まれた赤ん坊を取り上げて私は戸惑うばかりだった。

なぜ、背中なのだ…

しかし、胸に抱いている我が息子を眺めていると込み上げて来る愛おしさに、どっちが産もうとそんなことはどうでもいいことと思えた。


どちらにどう似ればそうなるのか、ウーリーは少々毛深くて猿のようだった。

それでも、お気に入りのおもちゃのシンバルを叩いて天真爛漫に歯をむき出して笑うウーリーは愛らしくて、そんな幼い息子にアタクシたちは笑いが止まらないのだった。

こんな笑いの絶えない日々がこれからもずっと続いて行くもの思っていたし、親子三人の幸せな暮らしに私は、自分の闇を浄化して行ける気がしていた。

しかし一方で、太陽が守護するアクーンがいなくなった後のターリキィ王国は徐々に廃れ始めていた。
人々が陽の当たらない暮しと貧困に喘ぐようになっていたとは、アタクシたちが知る由もなかったけれど。

ある日、鳴った呼び鈴に家のドアを開けると、そこに見知らぬ男が立っていた。

「アクーン様は、こちらにいらっしゃいますね?」

アタクシたちの居場所を突き止めたターリキィの賢者、シュミクトの使いだと男は名乗った。


≪②へ続く≫


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こちらはカンペ記事 ↓ 

全米が膝から崩れ落ちる』をコンセプトに、自由好き勝手に創作して繋いで行く物語。
あなたも  #ウーリー  に参加しましょ!

※ここで初めて登場する人物はルボンの母と、賢者シュミクトの使者です。
この二人の人物についてはまだ誰も書いていません🤭

ヒント♡ 




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