デート

1[デート]

▫️男
覚束ない足取りで、僕たちはここまでやってきたよね。
道が濡れていて、足を滑らせそうになった。
でも、ここの道の歩道。ほら、石畳。でしょう?
僕、あれ。ああいうの、結構正直、好きだなあ。
ひとつひとつはめていくわけでしょう?石を。地面に。
それはすごく、根気がいる作業。
アスファルト、重機でガーより、いいんじゃないかな。
時に南の島なんかにいくと、そこのビーチは砂が白くて。ビーチは大抵、地面が砂、だよね。
僕はそういったところに目が行くんだけれども。
僕はそういったところに目が行くんだけれども。
でも地面が砂だと歩きずらい、から。
もしもこの店の前の道が砂、だとしたら、きっと歩きずらいんだろうね。
__向こうの窓の外を凝視する
外、雨、少し、降ってきたみたいだ。
君が頼んだビフテキ、まだやってこないね。
君が頼んだビフテキ、まだやってこないね。
僕が頼んだエビフライはさ、メニュー表で見た時はエビが2本だったのに、実際はお皿に3本並んでる。
__間
どう、1本食べるかい?
[ウェイターに向かって]
すみません、取り皿、ひとつ。
__向こうの窓を見る
あ、向こう側の窓、開けられたみたい。もうじき風。ここまでやってくる。じきに気持ちが良くなってくる。

▫️女
あなたに以前買ってもらった、この腕時計、なんだけどね。
使ってから間も無くして、すぐに動かなくなった。時計が。針が。時間を、止めた、まま。
それで電池がなくなったのかと思って、ね。
それで電池がなくなったのかと。
なんだけどわたし、こういう細かいもの。見てみる余裕が、ない。からね。それで今、ほったらかしではめてるの。
動かない、この腕時計。腕時計でもなくてただのブレスレット、ね。になっている、の、ね。今は。
だから、一度。正直これポイて捨てたのよ。ゴミ箱にポイ。
でもね、思った。わたしあなたのことを思った、わけじゃなくて、わたし純粋にね。これこの色と形がわたしの好み、なの。
どう?これ、
似合ってるるるるるるるるる(”る”の残響)?
__後ろに気が付く

▫️男
__男、後ろから話しかける
いま、君、誰と、喋ってた?
今、君の、声。誰に向けて、届けられていた?
さあ。
でも、もうそんな、しょうもない、話はやめにしよう。
こんなことしてたら、誰かを恨んでしまうことになる。
似合っているよ、君のブレスレット。

きっと君のビフテキ、もうすぐやってくる。
どう?ウキウキー、する?それとも、ワクワクー、する?
ドっちだろう。
君の率直な気持ち。伝えて欲しい、な。(恥じらい)
ま、でも、いや。
これは、あくまでも、今の僕の率直な気持ち。ではあるのだけれども。
とは言え。
これは、何も、僕が君のことを?
ああ、よそう。いけない。
今日は、そういう日じゃない。
あくまでも僕たちは、今日、偶然会った、道端で、お互いにこの後の予定がなく、そしてお互いにお腹が空いていたのを良いことに、ほど近くにあった洋食屋に入って、時間を共に過ごしてる。
その程度のこと。
何でもない、日。
君も僕も、明日は平日で。
だから、
とはいえ、君はさっき、僕と会う前に、映画を観てきたって、さっき(言っていた)。
それはどんな映画だったのか、気になる。僕は。その内容を、君に聞かせてもらう。
ビフテキが来るまでのわずかな時間だけどその映画の話を聞かせてくれるかい。

▫️女
さあ、どうかしら。
いや、どうかしらっていうのはつまり、うまく話せるかしら。
という意味のどうかしら。いや、っていうのは、なんというか、映画。
すごく、素敵だった。
ええ。素敵だった、ということは先にわたしあなたに先に伝える。
その上で、言葉選ぶ。
単純なものでもなかったから。映画。
自由な感じだった。とても。
主人公よりも頻繁に、主人公の弟が出てきた。映画。その主人公の弟に関してなら、シンプルに説明ができるんだけど。
でもそれって重要じゃない。ストーリー、映画の、物語にとって。
だから、迷ってる。

▫️男
そう。わかるよ、いや、何がわかるって。
僕にもそういう気持ち?
本当に色々な種類の映画があるからさ、今。
文章にして、言葉にしてみれば、すぐに説明がつくような映画と、
もっと複雑で、複雑というか、どの角度から見たら、うまくこの人に説明ができるのか峻別がつかない映画?あるからね。ね。
じゃあ、でも、そうだな。でも。
僕は君の口から、こう、澱みなく、すっきりと吐き出される声、っていうか、この場合は映画の説明、なんだけど、
その声が、聞きたいなって、思っている。から。だから、今は、映画の正確なディティール、よりも、
一番説明が滞りなく、できるようなところ?
それが、今回の場合は、主人公の弟の話ってことになるのかと思うんだけど、その部分の説明(聞きたいな)。

▫️女
彼は、人間、でありながら、人間であることをやめたの。
2年前の夏、船の上。
船が座礁した時、に乗組員たちはまず先に1等室の乗客に非難を促した。
甲板に上がるルートは少ないから、一度に大勢の人が押し寄せたらパニックになる。でしょう?
だから、まずは高いお金を払って、この船に乗船した乗客を助けること。乗組員たちの間では決まってた。
まあ当たり前と言えば当たり前のこと。だから2等室以下の乗客は待たされることになる。
2、等室にいた主人公の弟、は、まだ仰向けに寝転んだまま物思いに耽ってた。船からは明らかに歪な音が、鳴っている警報も鳴っている、のはわかっていた。けどでも、それに動揺、することはない。
だって彼。元々。自分の運命投げ出すことを目的に、この船に乗り込んでい
たわけだから。

▫️男
じゃあそれってつまり、主人公の弟は船が座礁すること最初から知っていたってこと?

▫️女
1等室の乗客が哀れな醜態を晒しながら、救援ボートに乗り組む。このシーンは、映画の中でも、もっとも長い時間ともっとも美しいとされる音楽をかけて丁寧に描かれていた。
それからしばらくして、2等室の乗客が救助される順番、になる。
それでもまだ、主人公の弟は甲板に上がらない。
もしかしたら、このまま船と一緒に自分も海に?沈んでもいいやって?気持ちになっているんだと思った。
__間
この時思ったってのはわたし。
わたしが、思ったっていうこと。
だから、ごめんなさいつまり今少し主観が?入ったんだけど。でも、もう、巻き戻せないから。
だから、つまり、(気を取り直して)
もうこのまま、船と一緒に自分も海に?沈んでっていいやって?気持ちになっているんじゃないかというような、”表情を”、そのとき、主人公の弟はカメラに向かってしていてそれがスクリーンにありありと映された。
でも、ね。
それでいいってはずないでしょう?
いや、つまり、このまま船と一緒に海に?沈んでっていいやって?いうはずないでしょう?
だから困ったの、乗組員たちは。
彼を説得する。
どうにか、ここに留まらずに、甲板に上がる列に加わって、そして救援ボートに乗ってくれないか。
乗らなくても。
その努力をしてくれないか。
そうでなければ。
ね、わかるでしょう?
乗組員たちの使命は、乗客の命を守ること。
その努力をすること。
たとえその中に?救助されていることを望まない乗客がいたとしても?それ、海の上。
誰が後でそのこと、認めてくれる?
誰が後でそのこと、信じてくれる?
信じないでしょう?
だって、
海の上って、本当に、孤独、だから。
海って怖いのよ。
見渡す限りが、海、の場合は、
そこには街、とか、車とか、人、とか、
いないってことが、想像以上に明確だからだから。
海の上で起こったこと?
そのことを正確に人に伝えて、信じてもらうのって、とてもとても難しいこと、
なんだよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?