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絵本屋さん、大学院へ行くVOL.1

コロナ下での生活が始まって2年目。それぞれが新しい生活の仕方や、新しい領域を体験しつつあることだろう。そんな中、55歳で九州大学の大学院生としての生活をスタートした人がいる。鹿児島市卸本町で「絵本カフェ・アルモニ」を営む吉田美佐子さんだ。
創業から17年、吉田さんの活動は絵本販売にとどまらない。30畳ほどの広さの店内で、絵本に関わるものだけでなく、講演会や演奏会、勉強会など様々な場としても生かされてきた。私は秘かに、“鹿児島の文化サロン”と呼んでいるほどだ。
社会へのアンテナか高く、探求心と行動力に満ちた吉田さん。大学院で今、何を、なぜ学ぼうとしているのか? それが知りたく、話を聞いた。

吉田さん

――「絵本カフェ・アルモニ」を開いたのは、2003年、お子さん2人が幼児期の頃ですね。そのきっかけを教えて下さい。
 本や音楽、美術などカルチャーまみれ――それが元来、わたしの普通の生活でした。ところが、子どもを持った途端、行けるところがなくなってしまった。当時鹿児島には、子ども連れで行ける文化施設がありませんでした。それなら、自分でつくってはどうかと考えたのです。
 文化のひとつとして、自分のその時の生活に手近なものが絵本でした。そこで助けになるのは図書館ですが、図書館は本を読むことが大切にされています。でも2、3歳の子どもはじっとしていないもの。行動に注意を払わななければならないのは大変でした。公共の図書館には豊富な絵本が揃っていて良さがたくさんありますが、基本的には大人が選んだり字の読めるお子さんが過ごしたりする場所。それとは別に、私は子連れでも大人が気軽に利用できて遊びの延長線上にあるような「文化的な場」が欲しいなと思ったんです。そこで、ジェイン・ヨーレン、ウィリアム・スタイグ、バーバラ・クーニーなど、わたしが特に好きだった作家の作品を中心に仕入れ、開店しました。
 絵本作家をお呼びして講演会を開いたり、コンサートや様々な勉強会などの会場として使用できるようにしたのも、子どもがいても文化に触れられる場所が作りたかったからです。

――アルモニは、靴を脱いで上がるスタイル。吉田さんが手描きした調度品もあってサロンや家庭のようなくつろげる雰囲気もあります。反響はいかがでしたか?
 当時知り合った皆さんが、絵本屋さんが出来るよとお友だちの方に宣伝してくださったおかげで、開店当初から物珍しそうな感じで来店してくださいました。「こんな本が欲しかった」と、何時間も本選びをされるお客様が現れるなど、すぐに手ごたえがありました。翻訳絵本は詩的で、表現も個性的な傾向があったりするので鹿児島では珍しかったのかもしれません。

――開店時の、親子で楽しむ文化空間にしたいという思いは実現できたのですか?
 開店当時は大人のお客様が圧倒的に多かったです。絵本って子どもだけのものじゃないんだなとつくづく感じました。しばらく経ってからテレビなどの取材があったりして、小さなお子さん連れのファミリーが徐々に増えました。赤ちゃんのためのクラシックコンサートなど、意識的にお子さんと一緒に参加できる催しをやったりもしています。赤ちゃんを連れたファミリーの方とおしゃべりも出来て楽しいです。大型書店とは違った個性的な絵本屋でいいんだと思っています。
 
――絵本カフェを始めてみて、意外なことに気が付いたとか?
 お客さんから「今話題のこの本はいいんでしょうか?悪いんでしょうか?」とか、「どの本を買えばいいですか?」と聞かれることが度々あり、驚きました。わたしはまずは、自分で読んで試して楽しめるかどうか、自分の感性と相談すればいいという考えでしたから、「あなた自身の好きな絵本を選ばれていいですよ」と答えていたんです。今考えたらちょっと冷たい対応だと受け取られたかもしれませんね。子育てにおけるお母さんたちを取り巻く現実がわかっていなかったのでしょう。
 しかし作品の良し悪しを私が決めて良いとはあまり思いません。好きか嫌いかと聞かれたらどちらか答えるでしょうけど。それまで主婦だったわたしが、急に絵本の専門家として見られるんだと、戸惑いも感じました。
でもだんだん、絵本を自分で選びたい人は少数派だとわかってきました。そして、正直、絵本の世界にまで、ある種の正しさを求められる圧力がかかっているのかという現実に驚くばかりでした。

――子どものための絵本を売りながら、親の課題を見つけたというわけですね。
 本来、親子でのびのびとした感じを楽しむために、絵本を使って欲しいと思っています。だから、他人の物差しで全てを測るのは問題じゃないかと思うようになったんです。私が子どもだった頃や子育てをしていた時代と今とでは、絵本を取り巻く環境が変わってきているということでしょうね。
 手当たり次第、面白そうだと思った本を手に取り、自分なりの評価をしていた時代は、のんびりしていて楽しいものでした。しかし今は出版される絵本も増え、それに伴って「こういう風に読みなさい」とか「この本のここが素晴らしい、ここが今ひとつ」という専門家の解説が洪水のように入ってくるわけですから、素直な人ほど一生懸命従おうとするでしょう。でも、それで本当に大丈夫なのか? 大人の自信のなさがそうした他人の物差しに頼ってしまう為を生み出しているのではないか? と思うようになりました。
そこで、絵本を使った女性の潜在能力を引き出すことができるのではないかな?と考えるようになりました。
 専門家による評論は、もちろん勉強して良いと思います。が、自分なりの物の見方、感じ方、それをオリジナルと呼ぶとするなら、あなたのオリジナルを創造していきましょう、それと同時に「わたし」の気持ちをもっと大切にしましょう、と言いたいわけです。

――まだまだ日本人は、自分の意見を言うことが苦手です。
 アルモニでシニアグループによる憲法カフェが行われました。参加していた方々が口々に「自分の考えを言うのは苦痛だ」とおっしゃったことが衝撃でした。                                            一方、娘がアルバイト先である人の論文を読んでいたら、やって来たアメリカ人のビジネスマンが「その論文はダメだね。なぜならば、こうでしょう?」と話してきたと言います。そして「君はどう思う?」と。「えっ?」と答えに詰まった娘に対して、「こういうときは、感想でも何でもいいから返すものだよ」と教えられたと。欧米人は、そんな訓練を小学生のころから受けていると聞きますが、どうやったら臆せずに議論が出来るようになるんでしょうね。

――自分の考えを持つ訓練として、絵本を使う方法があるとか?
 数年前、つくば言語技術教育研究所所長の三森ゆりか先生のメソッドに出会いました。ドイツで学童期を過ごされた経験から得た、絵本を使った言語技術の訓練法でした。それは、アニマシオンの本来の考え方に沿ったメソッドで、挿絵だけを見て、情報を読み取るのです。例えば、この男の子と女の子はどんな関係だろう? 描かれている影から推察すると、何時ごろの情景だろう? といった質問をするのです。答えを言う時には、なぜそう考えたのか、根拠となる理由も述べます。
 これは、人から答えを教えてもらうのではなく、自分で考えて、表現する訓練になります。まさに「目からウロコ」でした。読み聞かせと言語技術の習得を合体させた新しい絵本の使い方ですよね。  

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