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100人の村の100年後

2001年頃に「世界がもし100人の村だったら」というお話しがブームとなりました。

もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。その村には・・・

 57人のアジア人
 21人のヨーロッパ人
 14人の南北アメリカ人
 8人のアフリカ人がいます

 52人が女性です
 48人が男性です

 70人が有色人種で
 30人が白人

 70人がキリスト教以外の人で
 30人がキリスト教

 89人が異性愛者で
 11人が同性愛者

 6人が全世界の富の59%を所有し
 その6人ともがアメリカ国籍

 80人は標準以下の居住環境に住み
 70人は文字が読めません

 50人は栄養失調に苦しみ1人が瀕死の状態にあり
 1人はいま、生まれようとしています

 1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け
 そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています

もしこのように、縮小された全体図から私達の世界を見るなら、相手をあるがままに受け入れること、自分と違う人を理解すること、そして、そういう事実を知るための教育がいかに必要かは火をみるよりあきらかです。

※当時のものの抜粋ですので、具体的な数字は現代に置き換えると差異があると思います。ご容赦くださいませ。


当時、私は知人からメールが回ってきて読んだのを覚えていますが、
『そうか、世界は自分の知らないことだらけで、自分たちがどうすべきかを考える必要があるなぁ。。。』
と、今のSDGSの最初のステップのような多様性を知ることの重要性を問われていたように今更ながら思います。

100人で世界を表していくのですが、この文章が世の中を席巻してから20年。
さて世界はどうなったかというと

大変です。

アメリカも2020年の今、また大変です。

人類はこれから先20年後も100年後も変わらないのでしょうか?

歴史を見てしまうとなんだか変わらなそうです。

紀元前から人の営みとして
なぜかず〜っと続いてしまうこの大変さです。
少し落ち着いた年があるのかもしれませんが、なかなか根絶できるようなものではなさそうです。

どこかで断ち切りたいのに
断ち切れるかなと思っていたら
過去の痛みを知らない新しい世代がまたそれを繰り返してしまうのかもしれません。

繰り返していないつもりなのに
違った形で
結果的に繰り返していることになっていたりするのかもしれません。

できることは、一人一人がやさしい気持ちになることなのかもしれません。

世の中がもっと良くなる方へ動き出せるようになるにはとてつもなく時間がかかるのかもしれません。

生きているうちに戦争は無くならないかもしれません。

でも一人一人が歩んでいることに想いを馳せると優しくなれるように思います。

務めていた時に、部下の結婚式に行くとその子のご両親や祖父母との思い出、
相手の方と歩んでいく未来、
これまでのその子の人生をほんの少しの時間だけ垣間見させてもらいます。
そんな時にいつも感じるのです。

上司・部下としての関係よりも、人と人としての関係がベースにあるんだ。

101人の村

100人の村は翌年になると1人増えるそうです。
世界はコロナの影響でさらに大変になりました。
でも、たくさんできた時間でこうやっていろんなことを考えさせてもらえる時間が訪れたことに感謝しながら101人の村の住人として1人1人との関係を
大切にしたいですね。

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