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若葉町ウォーフにシアターホームステイ


 ってことをしています。
前田透です。北海道は札幌で劇団・木製ボイジャー14号という劇団や、ヒュー妄というユニットをやっていて、脚本を書いたり、演出をしたり、役者をやったり、音楽を作ったりなどして演劇に関わっています。

 この「シアターホームステイ」というものは、全国小劇場ネットワークという組織の企画でして、
各地の小劇場から別の地方の小劇場に滞在するというものです。
 正しい文章を正確には覚えていないのですが、滞在して何をするかというと、作品を創ったりしてもいいし、そうしなくてもいいし、自分の街のことを考えたり、考えなかったりする、ってことをやるのであります。とても自由な企画。

 僕は横浜は若葉町ウォーフに滞在しています。5日の夜遅くから、21日のお昼までの滞在です。
 ここは佐藤信さんが作った場所で、曰く、劇場というよりもアートセンター、とのことで、3Fがゲストハウスになっていて、ずーっとそこで寝泊まりしています。HPにてウォーフでされていることが色々書かれたりしていますので、見てみてくださいね。

 滞在先がいくつか選べたのですが、ここに決めたのは、佐藤信さんが作った場所、というのももちろん(過去にシアターZOOでやったトークセミナーで、この場所のことを話しされていて、それから憧れていたのだと思います)より東京に近い場所を選びたいな、と考えたのでした。それは、東京で活動をしたい、ということでなく、それを考えていないからこそ、その隣の都市ではどんな人がどんなことを考え、どんなものを見ているのか、ってのを考えたいからでして、あとは、横浜っていう場所の想像がつかなかったなっていうのもあるのだと思います。

札幌でやっていくこと、何をやりたいのか、どうあり続けたいのか、30歳になるちょっと前から、ぼんやりとし始めていて、この滞在でぼんやりから、もう少し解像度を上げたいな、と思っているのでした。

ザザざと、今日までの日々を振り返リマスと、


・5日(土)

 奥さんと新千歳空港に行く、軽食を食べようと、思ったが、奥さんがわたしがアレルギーであるカニのお弁当を買ってきたので笑う。札幌は大荒れだったが、数分の遅れで飛行機は飛び、23時半頃に到着、スタッフの島田さんとたくさんおしゃべりする。島田さんとは、ZOOMで一回、電話で一回しか話したことがなかったナイスな方で、優しいし面白いし、お世話してくれるし、頭もいいし、おしゃれで、甘いマスクなのでモテると思います。で、そんな島田さんとウォーフにいく道中、ウォーフに着いてからこの辺りがどんな場所かをざっくり聞く。愉快な方がたくさんいるのだ、ということがわかる。とても濃密なスポットだとわかった。きっと、ここに誘われるようにしてやってきたのだから、若葉町ウォーフは引力が強い。島田さんが基本的にここにいて、佐藤信さんは、火曜日と水曜日にやってくる。

・6日(日)

ウォーフの企画で「甘い傷」という演劇が上演中だったので、お手伝いをすることになる。


朝、出演している役者の瓜生和成さん、奥田勉さんと一緒に青江美奈の伊勢佐木町ブルースが流れる石像のところに一緒に行く。その後、昨日のダメ出しから稽古を観させていただき、関係者の方々によくして頂く。ダメ出し、と言いつつ、演出の塩野谷正幸さんは、途中から書いた文字が読めない!と言って、みんなで笑い合う、朗らかな現場、あったかいなあ、と思う。そりゃこんな得体の知れない札幌の人間といきなりお散歩してくれるのですから、あったかいに決まっている。来場される方の検温をして、舞台を観せていただいて、バラシをする。本水を使っていたので、みんなでバケツリレーをしていく。。。こういうの楽しいです。その後、色々なお話し聞いたりする。龍昇さんや、作者の平田俊子さん、みなさん格好いい。着いて翌日、こんなにたくさん、いい思いができるなんて横浜、若葉町ウォーフに来てよかったぜ!!!!!と感動。期待大なる幕開けである。

・7日(月)

早速予定がない。誰もいない。今回、あまり予定を立てず、行動しようという愚かな作戦が早速仇となる。前日、人に囲まれていたのが嘘のよう、孤独を感じる。。。ホームシックには、ならなかった。いてもたってもいられず、付近を散策することに。みなとみらいっていう場所は知ってる!と思い、尋ねる。カップラーメンミュージアム!知ってる!入って見よう、と思ったが、見学するにはローソンチケットがないと行けなかった模様(後から聞くと、なくても行けたみたい、????)お土産コーナーを冷やかすようにして後にする。みなとみらいは色んな、企業ビルが立ち並んでいたり、パシフィコ(名前が可愛い)という施設があったり、工事中のビルがあったり、都会、っていうイメージだった。楽器屋さんを見て回ろうと思い、横浜駅に行く、平日だけど若者がいっぱい、付近の大学生たちだろうか。島村楽器などなど見てみる、けど、札幌と大して変わらないのだなあ、と少しがっかりし、調べてみると、1時間くらい歩いて行ったところに、珍しい機材があったりする、という楽器屋さんがあるとのことなので、散歩がてら行ってみる。1時間歩く、ぺたぺた気味の靴にしたのを少し後悔。そして、ちょっと歩けば雰囲気がガラリと変わる街並に衝撃を覚える。普通の住宅街じゃん!となる。お目当ての楽器屋さんにたどり着くも、若者がはしゃいでいたので、5分せずに撤退、ウォーフに帰ろうとする中、とても気になる建物を発見。

「安田新鮫特許大学」については調べても何も出てきません。入る勇気もまるでありませんでした。が、「駄菓子屋ばぁば」はその通り、入ったら腰の曲がったばぁば(一人称もばぁば)が、駄菓子を売ってました。寒いねえ、と話しかけられ、実は札幌から来てまして、というと、ばぁばはそんな所に行ったら死ぬわ、と返してくれました。駄菓子を選びきれなかったので、ばぁばセット(写真付き)を書いましたら、コピー用紙にばぁばの写真がカラープリントされていました。ばぁばの写真は札幌につれて帰ります。おばあちゃん子なのですごく居心地が良かった。見た目の通り、ちょっとリフォームされて新しくなっている感じで、店の奥に、おそらくばぁばの居住スペースがありました。椅子とか座り心地良さそうだし、なんだか住みやすそうな空間が見える中駄菓子が並んでいる空間は不思議です。


ウォーフに帰り、サウナ好きな私はやってる近くのサウナを探しました、永楽湯、という銭湯に行きましたが、銭湯サウナなので、お絵描きされてる方がいるので少し、ビクビク。サウナ室は、マットがないので激アツ。おしりがやけ死ぬかと思ったので、急いで持参したマットを脱衣所に取りに戻り、入り、水風呂、休憩、としているところに、ベイスターズファンと思しき常連の方々が入ってきて、大きな声ではしゃいでいたので、2セットで退散。夜道、東南アジア系の女性に「マッサージマッサージ」と声をかけられたので、足早に寝床に帰る。

・8日(火)

ウォーフで隔週でやっている井戸端会議に参加する、付近の文化施設、関係者の方々と二週間であったこと、っていうのを一人一人順番に喋っていく、だけ。その場で佐藤信さんと初めて出会う。とても緊張する。初めて会う人の二週間何がありました、ってのを聞く。ウォーフのミーティングの末席にて、すごくワクワクする。劇場の不要な材木等を整理するのをお手伝いする。モダンスイマーズで制作をされていたり、「甘い傷」では舞台監督をされていた岡島さんの指示のもとキビキビ動く。動けたつもり。夜、島根から信さんに会いにやってきた西藤さんとおしゃべりをする、仲良くさせていただく。悩んでるっていう話をしたら、でも、答えはわかってるんでしょ?って言われる。ズボシ!

・9日(水)

 お散歩する。山手というエリアの高級住宅街っぷりに目を輝かせながら散歩。昨日、横浜には「発祥の地」が多い!と聞いて、ヘェ〜。と思っていたけども、本当にいろんな「発祥の地」があって1人でニヤニヤしてしまう。公園の中で、弓道場とプールが隣り合っているのをみて、本当に頭がクエスチョンマークで埋まる。中華街では僕の好きなザージーパイのお店を見つけ、三店舗ほど食べ比べする。もっとクレイジーなお店はないもんかと歩き回るけども、中華街はこう、中華街だよね。って思う。夜に佐藤信さんとおしゃべりする、自分はウダウダした30歳だとひどく実感する。


・10日(木)

ウォーフに島田さんのお知り合いの方の子供がやってくる。3歳児。一緒に野毛山動物園という無料でみられる(やべえ)に行く。親御さんは人形劇をやってらっしゃる方のようで、そのためなのか、見た目がはではでしい動物に興味があった模様。ライオンライオン、とはしゃいでいたのに、実際は2、3分も見ず、フラミンゴや孔雀に夢中になる。1番夢中になっていたのは居なくなった白熊がいた小屋。白熊の置物に登ったり(とにかく登りたがる)小屋の中をうろうろしたりしていた。
 しまった、子供の観察記みたいになっちゃう。
 その後は、横浜人形の家を訪れる。世界の人形、日本の人形、色々飾られていて、案内していただいた佐久間さんという方が面白い方で、この人形は目が合うの、とか、この人形は、、、など自分の感想を交えながら紹介してくださる。浮世離れした感じの人でした。そのあと、埠頭の方でガンダムが動くやつを見る。確かに、ガンダムは動いていた。でも、まだきっと夢物語なのだ、とも思う。大さん橋から見える景色はとても綺麗。横浜って感じの景色だった。ロマンを抱いたんじゃねえか、って思う。

・11日(金)

 劇場のお片付けを手伝う。何泊もさしてもらってんだ、もちろんやってやらあ!という気持ちで島田さんと一緒に色々を整理する。その時、まだ元気に動けていたことをこれを書いている僕はどんな感情で思い出せばいいのか、と思う。午後に、8日の井戸端会議で知り合ったアーティストの山田さんを訪ねる。近くに黄金町というエリアがあって、そこで子供たちの木工教室や、秘密基地(秘密基地です)を開いている人です。その秘密基地「黄金町BASE」に遊びに行くと、下校タイミングくらいで、ランドセル背負ってやってくる子供を一度家に帰ってから来い、とあしらう山田さんや、「やまちゃんWi-Fi繋いで!」「やまだハサミどこ!」「宿題おわんねえ!」と元気にはしゃぐ子どもたちを見学しました。とてもいい学びでした。「黄金町BASE」は、子どもたちが勝手に木工をしたりできるスペースになっているようで、その日は拝めませんでしたが、作りたいものがあると、急に木材と鋸、釘などで、剣を作ったり、銃を作ったり、スマホを作ったりする模様。どうしても子どものことばかり記述してしまうのは、わたしの中で何かあるんでしょう。面白いのだと思います。
 その後、「甘い傷」にも出演されていた中山朋文さんに「神奈川県立青少年センター」に連れて行っていただく。中山さんはカッコいい兄さんで、札幌の短編演劇祭のことや劇王のこと、神奈川の演劇の事など、聞きたいことを楽しく喋ってくれて、なんだかやりたいことが少し見えてきたような、気がした、ので。札幌の先輩である、南参さんに帰ってからお話しというか、ウダウダした人間の話聞いてください、と連絡する。快諾していただく。先輩たち、ありがとうございます。


・12日(土)

 スーパーお散歩DAY。4万歩も歩いた。休日の横浜駅周辺ってのはどんなもんか見たくて行ってみる、と、すごい人だかり、みなとみらいの赤れんがのなんか?観光名所?みたいなとこで?パン祭り的なことやってて?でも、その前にご飯食べちゃったし、人ごみちょっと苦手なので、遠巻きに見ました。横浜駅もそんなもので。これまでのお散歩ではイヤホンで音楽を何も聞かずに街中の音とかを聞いていたのですが、この日からお散歩中に音楽を聴き始めました。横浜市民に擬態しようと思った訳だと思います。好きなアーティストとかを聴きながら、回り回って、鈴木雅之を聞くことにしました。なんだか、雰囲気が合うんですよね。カバー曲のベスト盤が発売中なので、チェックしてみてください。サブスクでも聴けます。
https://www.martin.jp/solo35th/ 
 で、人ごみごみしているので、わたしは、歩いてどこまで行けるかな、と思い、とりあえず、新横浜、まで行こうと思いました。新横浜に何があるかも知らないし、道中何があるかも知らないけども。歩いてみると、ああ、こんな景色、札幌にもあるよなあ、光星の辺りとかこんな感じだ、とか、ここはどこそこで、とか、けど、やっぱり道が細いので横浜だな、など行ったり来たりしながら、新横浜に着きます。もうここで、歩き疲れたな、と思って、JRに乗って、横浜に向かう。そのままウォーフに帰ろうと思うも、「久保山墓地」が結構面白い、と島田さんが言っていたので、そこまで向かうことに、そこで電車に乗ればよかったんだけども、なぜか歩いて向かう。札幌から横浜まで来たのに、40分くらいわざわざ住宅街を歩いて、墓地に向かう。と、つく。入口から見ると、ああ、普通の墓地だなあ、と思っていたものの、少し入ると、一面墓石。山なりに墓石。見渡す限り墓石。墓石のすぐ横が墓石、墓石の向こうも墓石、墓の山。生きる人たちの住処から数多の人々の永住の地へ途端に景色が移り変わった光景もまた劇的で、なかなか言葉にしがたい体験です。カタルシスにも似た。あ、ここが終わりの場所なんだ、とも言えるような景色でした。また行きたい。道も入り組んでいて、なかなか思ったところに行けないのも不思議。ただ、暗くなってきたので、足早に帰ることにしました。夜の墓地は流石に怖い。ウォーフに帰ってからもなんだかワクワクしていたので、あたりを散歩。セブンイレブンの隣に、ツルハドラッグがあって、その隣にまたセブンイレブンがあったのでなんじゃこりゃ、と思ったけども、片っぽはATMとか宅配受け取りBOXになっていた。一瞬、コンビニ業界は怖い、とか思った。


・13日(日)

 少し周りを散歩する。大体地図(Googleマップ派です)をみなくても、めぼしいところには行けるようになった。土地勘がつく、ってのはこういうことか、と思う。実はアイドルが好きなので、最近推している#2i2というグループのイベントに東京に行く。これを詳しく書くとなんのことかわからなくなるので、割愛。一つだけ、生の奥ゆいは最高でした。閑話休題。で、横浜、って場所は、電車で40分ほどで東京に行けるし、なんかあったら別の場所に行ける、という地域なのだ、と実体験。札幌だったら、近郊は小樽、新千歳、恵庭、とか、岩見沢とか、北広島、とか、そういった場所になる。アーティストが来るとしたら、大抵札幌だもの。札幌から他の都道府県に行くハードルが時間的にも金額的にもお気軽じゃないことを真剣に考える。夜、車で日本一周している天野さん夫婦が横浜にいるのだと、ツイッターで見かけ、合流。天野さんは、札幌で一緒にお芝居をやったことがある、とってもチャーミィな方。彼女は今演劇をやっていないけど、結局演劇の話、人間の話をする。特別な夜。

・14日(月)

 信さんから、何もしないでボーッとする日を作るといいよ、と言われていたので、この日をそのボーッとする日にしてみる。ボーッとする。何かが浮かんでは消え、をしていく。夜はスープカレーと鶏ハムを仕込み始める。

・15日(火)

 朝、島田さんのお手伝いをする、思えばこの時から僕の体には違和感があったのかもしれない。ウォーフでやった企画の「マスクのぎゃくしゅう」という企画で使われたマスク(お面)たちを整理するのだ。というのも、信さんが竹屋啓子さんのダンス作品を作っている様でそれに、そのマスク(お面)たちを使うのだそう。このお面(マスク)たちもなかなか面白い出自で、ウォーフで型紙を作って、付近の市民の方などに自由に作ってください、と言って渡して、作ってくれたものだそう。HPにもあります
https://wharf.site/mask-gyakusyu/
 お昼頃。黄金町エリアマネジメントセンター(通称エリマネ)を訪ねる、施設を見学する。案内してくれた神田さんは歳下だったのだけど、ここに来てから歳上の人たちばかりと会っていたなあ、とふと思う。ここでの取り組みは下記の写真やHPを参照されたし、たし、https://koganecho.net

共同の作業スペースがあったりして、作家さんたちが技術を教え合ったり、情報交換したりなんかもする模様。札幌のこれに近いスペースとすると、ジャンルは違うけど、ICCとか、あけぼのACCや、なえぼのアートスタジオとかだろうか。でもそことも違う、日本でも珍しい場所っぽい。

夜、東京に用事があって(アイドルのイベントではありません)、向かおうとするが、腰に強烈な違和感。エリマネからウォーフに行き、少し、横になるが、あ、これはダメになりそう、と思いつつも、滅多にない機会だったので(アイドルのイベントではありません)、ツルハでコルセット、痛み止め、湿布の3点セットを買い、電車に乗る。が、乗ってる途中に嫌な汗が出てくる。これはやばい。と思いながらも、先方に連絡をし、とりあえず、会うだけあって(アイドルのイベントではありません)よちよち歩き、電車に乗り、ウォーフに帰ってきます。痛くて眠れない。けど、睡魔をなんとか呼び起こすことに成功し、眠る。確実にぎっくり腰。

・16日(水)

 痛み、未だ止まない、やばい、最悪だ。まだ行けてないところあったのに。と焦る。が、歩けるので、寝たきりも危険なため、よちよち歩きで、3Fを散歩する。そして、仕込んであったスープカレーの最終調整をする。島田さんはスープカレーを食べたことがなかったらしいので、食べてもらう。他にも、主に広告関係のデザイナーをしている野田さんという、ウォーフの3Fのスペースにやってきて仕事をしたりコーヒータローというイベントでコーヒーを淹れたりしている(とても美味しい)美味いものに詳しい方、佐藤信さん、竹屋啓子さんらにスープカレーを振る舞う。美味しいと言っていただく。ぎっくり腰でもスープカレーを作れます。


今日までの大体はこんなことをしています。
残りの日々は横になったりしながら、これからの自分を見つめ直します。天井以外も見たい。
思ったより写真を撮っていないので、一度行った場所でも再訪して、写真を撮ろうと思います。

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※続きを書き始めます

とはいえ、これから先は、もう、ずっと腰痛くてほとんど外出していません・・・。
帰ってきてからも腰痛がひどい有様でございました。トホホホ。
腰痛にかまけてサボっていましたが、自分のメモと記憶を頼りに書いていきます。
しかしながら、マジでほとんど寝て過ごしていたばかりなのでご容赦ください。

・17日(木)

  の前に

・16日(水)の夜 

 23時36分頃、地震が来た。けっこ〜〜〜〜な揺れ。当方、札幌生まれ札幌育ちが故、大きな地震をあまり経験したことがなく、2018年の北海道胆振東部地震の時にもだいぶ驚いた記憶があります。で、横浜、若葉町ウォーフは結構揺れまして。3Fだったからなのか、地盤的なものなのか、あると思いますが、二段ベッドの上がめちゃくちゃ揺れるし(当社比)、色々が軋む音が聞こえますから、僕はこうしてここで下敷きになるんじゃないか?????と思いながらも、立ち上がって避難するのも難しい、あ、ヤバい。さようなら札幌。と、割と真剣に思う。ひとまず這うように机の下に避難して、揺れが収まったタイミングで頑張って(頑張って)階段を降りて、本震が来るタイミングには無事にウォーフの外に出ることができた。向かいの住人もパジャマ姿で降りてきていた。
 よく命の危険を感じると、火事場の馬鹿力が出て・・・とか言いますが、普通にずっとめちゃめちゃ腰が痛くて、階段を降りながら痛さに悲鳴をあげていた。
 無事に生き延びれて良かった・・・。大袈裟かもしれないけども、本当にそう思う。震災の折に、身近に腰が悪い人がいたらぜひ補助してあげてください・・・。
 その後、ある程度本震から待っても揺れがこなさそうなので頑張って(頑張って)3Fに戻り、寝床に入る。妻に怖かったと電話をする。さて、眠ろう、と思うも、なかなか寝付けない。困る。多分4時頃に眠りにつく。

・17日(木)改めて

 意外と早く起きる。8時ごろ。しかし、腰が痛いので、横になっていた。確実に昨日の夜の地震のせい。しかし、ずっと寝ていても腰が良くなるわけではないので、ベッドでゴロゴロしたり、ストレッチをしたり、それから、高校生の頃に母親が買ってきたツボ押しの本を熟読したおかげで割とツボに詳しいと自負している私はありとあらゆるツボを押してみたり、整体に行くときによく揉んでもらう箇所を揉んだりしながら過ごす。
 そのおかげか、割と快復する。ウォーフの3階をお散歩したりする。前日に島田さんが杖を作ってくれたので、階段の昇り降りはコイツがあれば安心だった。地震の時もお世話になった。 

島田さんが作ってくれた杖。割と使える。

 それから、前の日に島田さんが3FにあるTVを点け、youtubeを見れることを教えてくれた。僕のアカウントがyoutube premiumなのでそれで入ることによって広告フリーで大画面でライブ映像やMVなどを見て満喫する。完全なる休日。を、過ごしながら、「俺はここで何をしてるんだ」とも思う。
 快適であることには変わらない。明日以降のためにストレッチなどを入念に行う。
 夜はウォーフのすぐ近くにあるLIVE & DINING SURE(シュール)に行き、ママのカレーをごっつぉになる。カレーは超美味しかった。
 ちなみにシュールは、島田さんが週5で通っている(絶対6〜7の時もある)場所で、滞在中何度かお世話になった。80年代アイドル歌謡が頻繁に流れていてそのあたりの音楽が結構好きな僕にはとても居心地が良かった。ここは間違いなく再訪しなくてはいけない。

・18日(金)

 この日はいくつか予定があった。数年前に上京したKRくんと会ってお茶でも、という約束と、横浜の小劇場演劇のメッカ的なスポット【ST SPOT】に行く、というもの。
 KRくんとは本当は水曜日に約束をしていたのだが、僕が腰をやってしまったので、今日に振替、そしてその上、横浜までやってきて暮れるというから、なんてナイスGUYなんだ、って思っていた。おやつ前くらいの時間に横浜にきてくれるというざっくりした約束をして、リハビリがてら僕はお昼ごろにお散歩としてみなとみらいあたりまで繰り出す。
 何かどこかで聞いた話だけれども、本当に工事中の建物がたくさんなのです。ずっと開発しているなぁ、と思う。でも、札幌も今結構いろんな所が工事中だったりもする。都市っていうのは、開発再開発を繰り返していくものなのね。と思うけども、にしても、結構な箇所で工事してた。

 重機っていいですよね。

 休んだりお散歩したり休んだりしながら、横浜駅にとりあえず到着したけども、KRくんからはまだ何も連絡がこない。お腹が減ったので何かを食べようか、と思うも、何がいいべか、という状態、とりあえずマクドナルドに行く。マクドナルドはどこも味が変わらない。チェーン店の偉大さ。KRくんが住んでいるところからだと横浜まで最速で1時間30分くらいかかるらしいからそろそろかな?と思いながら、15時前にKRくんから一報が来て、うたた寝してたら寝過ごしてしまったとのこと。さすがだなぁ。と思う。「12時位までちゃんと起きてたのにどうして点」(原文ママ)とのことでしたが、お昼ご飯を食べて眠たくなっちゃったのかな。とってもキュートです。お互い夜に用事があるため、明日また僕がIYくん(共通の友人)と会うため合流して明日に振り替えになりました。良かったね!

 次の予定がST SPOTに行く、という予定でしたが18時からだったので、だいぶ時間があいた。よし、サウナに行こう。速攻で決断。カプセルプラス横浜、というところにいく。
セルフロウリュOK(サウナの熱源に水をかけて水蒸気を発生させてサウナ室をヤバい状態にするヤバい行為)で、他にお客さんもいなかったので早速やってみると、OH!最高!温度も92度あたりで湿度も高めでめちゃ汗をかきます。水風呂がキンキンに冷えたのが好きな僕としては、ちょっとぬるめに感じてしまう16〜18度くらいでした。しかし、整いスペース(熱されて、急激に体を水風呂で冷ましたあと乾かしたりボーッとしたり宇宙に旅立ったりする休憩所、いわゆる『整い』だ)がよくって。デッキチェアーに寝そべっていると、そよそよ風が吹いてくるんですわ。浴場内にあるので外の風邪ではなく、天井に扇風機が設置されていて、そいつが体めがけてそよ風を送ってくれるんですわ。コイツァたまらん。いい感じに整って、いい感じの時間になって、いい感じにST SPOTへ向かいます。

 ST SPOTでは、まず事務所に行きどういった事業を行っているのか、という話をしていただく。どうやら2017年に横浜市認定のNPOになっているようで、地域の学校や養護施設へのアーティストの派遣や、仲介などを行ったりしているとのこと。地下の劇場スペースは今は30席くらいでこじんまりしているけども、白い壁なのと、横浜駅からも10分以内でつく立地はなかなかお手軽。やってみよう!と思って公演を打つにすごく良さそうな場所。
https://stspot.jp

 お話のあと、共催のソロダンスの公演があるということだったが、腰も痛いのでなくなく遠慮しようかと思っていたものの、ストレッチやサウナのおかげで見れそうだな?!となったので、見る。https://stspot.jp/schedule/?p=8462
 すごくバカみたいな感想ですが、腰の痛い僕にとって、目の前にある身体がとても美しく、また、変化してズレていく様が恐ろしくもあり、寂しくも思えるようなものでした。

帰りは、散歩する、少し雨が降っていた。

・19日(土)

 滞在中、若葉町ウォーフでみたものの一つは、前述の「甘い傷」そして「円盤家たけし」
円盤家たけし、すごい笑った。円盤家たけしの正体はSivouplait(シルヴプレ)というパントマイムをされているユニットの人なのですが、やってることが、レコードのジャケットを使っての漫談。と、フランスギャルの解説。春に聴きたいレコード、ってことで合間にレコードをみんなで聞く、という企画。すごくあったかい気持ちになる。また見たい。

円盤家たけしのあとは、約束していたIYくんと、昨日の振替で合流することになったKRくんとお茶をするイベントです。IYくんも東京でお芝居を見る予定があったので、大体16時くらいに横浜駅で落ちあおうという感じになる。連絡を取り合う中、KRくんと連絡がつかないままIYくんと慣れない駅で集合を試みて、なんとか出会う!そして、KRくんはちょうどその頃に目が覚めたようです!流石です!1時間遅れくらいでKRくんも合流し、東京はどや?という話だとか、札幌はこうや、という話をしました。横浜で。とはいえ、IYくんは、3月初めくらいに上京したばかりなので、ほぼ札幌だけど、早速東京の現場に入っていたりするみたい。活躍していくみんながすごいな、と思う中。横浜にいながら生まれてきた考えを話す。
作品を作る、ことばかりではなく、作品を観る、以外の方法でもっと演劇を広めていきたい、と。
 これはウォーフがやっていることを見聞きして感じたことでもあるし、またその周辺で行われていることだとか、自分がこれまでやってきたことなどなど通じて向かって行きたい方向性なのじゃないか、と思った。
 ひとまとめにすると色々なことが含まれるけども、例えば、趣味でカラオケに行ったり、趣味で楽器を弾いたり、もしくは鼻歌を歌ったり、変な歌を即興で作って遊んだり、音楽はどこの文化圏においても人口が多いものだけれども、演劇でも演劇の要素(とはいえ、すっごくすっごくたくさんある)を使って気軽に参加する人が増えていくことがいいんじゃないか、と考えた。これまで何千回と、お客さんを増やしていきたい!観劇人口が増えますよおに!という話をしまくった気がするけれども、視点を増やしていく必要がある、そのために何ができるのだろうか、これをひとまずは30代のテーマにしようと、思う、っていう感じの話をした。KRくん、IYくん、横浜に来てくれてありがとう。
 そのあと、なんだか熱がおさまらなくって、Twitterのスペースっていうやつでおしゃべり会を開いてみた。なんだか最近いっつも一緒にお芝居をしてるイナダ組の吉田諒希とか、一緒にお芝居やらないまま東京に行ったけど仲のいい谷口健太郎兄さんとか、素敵な夢を語ってくれるかわいいかわいいレッドキングクラブの木山正大くんとか、大体ずっと一緒にお芝居をしているきまぐれポニーテールの寺地ユイchanとか、演劇家族スイートホームの高橋正子(僕はマサコスと呼んでる)とかいろんな人が参加してくれて、さっきのような話を盛り上げてくれた。結果、ウォーフのような、場所、拠点があるってのがすげえ大事じゃ。ということになる。場所があることが何より羨ましいのだ。野望をようやく人に話した。

・20日(日)

 滞在は21日までだが、21日は移動日なので実質今日が最終日。
 島田さんが「江ノ島いいですよ」とおススメしまくってくれる(僕は島田さんのことをここで書きすぎている)ので江ノ島に行こう!と思い、お昼前に電車に乗る。が、長時間同じ姿勢をキープできません!っていうことがわかり、1時間くらいの電車の旅を翌日にも控えていることから、断念。
 妻へのホワイトデーのお返しを買ったり、妻へのお土産(月餅)などを買いに行くこととす。
ホワイトデーのお返しは、SILS MARIAというところで生チョコを買いました。生チョコ発祥の地、らしい。でた、発祥の地。と思いながら。ただ、結果普通に美味しかったので良しとす。妻へのお土産の月餅は、中華街にあるだろう、と踏んだので、中華街に行く。
 が、しかし、日曜日、めちゃめちゃ混んでる。実はよちよち歩きの僕は、人混みを若干堰き止めつつお土産屋さんをめぐる。月餅は意外と売っていない。3店舗目ぐらいで見つける。本当はどこかにあったかもしれない。これでバッチリ。
  それから、人形の家の下にあるカフェに再訪。ここのエスプレッソがめちゃめちゃ美味しかった。店員さん(おそらく店長)も覚えていてくれたらしく、そりゃ、こんな金髪の髭はなかなかこない。またエスプレッソを頼む。美味しい。帰りに豆も買う。札幌に帰ってから落としてみましたが、ボディもしっかりしていて濃いめで美味しかった。また行きたいな、の場所です。

BankART KAIKOにて都市デザイン横浜展ちうものがやっていた。デザインされた都市、というのだ。HPを見ていただくとどういうものか分かり易いかと。
横浜市都市部のミニチュアがあった。一回チケット買ったらそのあと会期中ならまた来てもいいよ、っていうものだったらしい、僕はこの一回きりだった。少し損した気分。

あまり長くお散歩するのも禁物が故、帰る。もう地図なんて見なくても帰れるし、大体どこに何があるのかもわかってしまう。ちょっと遠回りしてもここに出るから、っていうのもすっかりわかるほど土地勘がついてしまった。

大岡川沿いで桜が綺麗だったらいいな、と思ったけども、こんな感じだった。ウォーフに近づくにつれて、ちょっとは咲き始めていた。札幌では、4月後半、大体5月くらいが見頃なので、先取り気分、とまではいかなかった。でも、春が来たんだ。と感じるのだった。

こっそり撮った老夫婦

で、ウォーフに帰る。帰るとして、特にやることはない。ぼーっと、振り返ってみる。またあそこに行きたいな、っていう観光的なことや、芽生えたことなどを見つめてみる。何か必要かな、と思ってパソコンを持ってきたけど使わなかったから、今度は置いてこようとか、もっといろんな都市にいきたい、ということとか。
夜に、島田さんとひっそりと語らう。ライブ映像やらMVやらを流したりしながら。でも、ごめん、島田さん、島田さんが帰ったあと、僕のアカウントからはログアウトしたので、きっと今は広告に苛まれていることでしょう。

・21日(月)

 この日は移動日だけども、まずは移動に耐えられるかどうか。心配だったのと、回避策のためにそんなに眠らない、移動中に眠る、という作戦で挑むことにした。
 3時くらいに寝て、6時くらいに起きる。そして、早朝からお散歩。朝の景色はよかった。ただ、写真を撮らなかったのはよくわからない。朝の大岡川がとてもよかった。もっと早く起きて港まで行くのもよかったかと思うが、そんなに体力を使ってどうするのか、とも思ったので、これでよし。
 色々身支度を整えたり、簡単にお掃除したりしていると、コーヒータローさん(野田さん)がやってくる。コーヒータローさん(野田さん)が、お土産に焼き肉のたれとかをくれる。まだ焼肉をしていないので未使用。早く使いたい。コーヒーもいただく。そしてウォーフをでる。

電車に乗る。しかし、乗り換えが多いので、ここでは眠らない。めちゃ眠い。成田空港第三ターミナルに着く、しかし、乗り場が第三ターミナルではないことに気がつき、バスで第一・第二ターミナルに戻る。空港に来ると、釜玉うどんをすごく食べたくなる衝動に駆られるため、釜玉うどんを食べる。何事もなく、飛行機に乗る。そして、作戦通り、飛行機にいる間、離陸して数分後には夢の世界へ、見た夢は覚えていない。着陸し、預かり荷物を受け取る時点で寒いことに怯える。JRも寒い。家が街中にあるので、ススキノから歩いていくが、雪がまだあることに笑う。10分ほどして我が家へ。

・腰痛はやまぬ

 それから数日、腰痛に悩まされ、整体に通ったりリハビリをしたり、と結構な重症でした。
4月から北野台中学校の演劇部の外部指導員(顧問)としても動き始め、演劇の作品を作る以外の活動が早速始まっている。この調子だ。と思いながら、今もまだ腰が痛い。身体のことも気遣いながら、生きていけますよう。
 横浜から帰ってきてひと月ほど経ってしまったものの、大変DEEPなところだったおかげで、いろんな記憶が色濃く残っている。演劇で何ができるのか、という挑戦を楽しんでいこうと思う。

 当然、横浜と札幌ではいろんな環境が違ってくる、けれども、具体的に何が違うから何ができないんだ?というのはそんなに無いのかもしれない。色々あるけど、結局札幌は環境としては恵まれているのだと思う。都心が遠いけども。割合で考えれば、札幌はすごい場所なんじゃないか、っていうことすらも思う。劇場が小劇場も含めて、この中でも大体稼働しているわけだし。で、せっかく稼働して、面白い作品が上演される機会も多いのだからこそ、お客さんも観劇以外の体験が増えていったらこの上ない、とも思う。
 僕が代表としている劇団・木製ボイジャー14号という団体は、いわゆる「社会人劇団」だ。ほとんどが正社員だ。だんだんみんなの仕事が忙しくなったり、異動したり、で公演の機会も年々減っていっている。家庭があったり、仕事があったり、そういう人生を大切に生きている尊敬してる仲間たちばかりで、おそらく演劇が好きだから集まっている人たちなのだ。
 もう一つ、ヒュー妄というユニットに所属しているのだけれども、そっちはどっちかというと演劇講師の仕事もやったりしている人たちがいたり、あと喫茶店の店長やってる人もいたりしている。多分だけどこの人たちも演劇が好きで、どっちかというと演劇がなくてはやってられない人びとの集まりだと思う。
 アマチュアで演劇をやる、ということの意味をもっと考えていっていいのだと思う。し、さらにそれよりももっと、軽ーく、演劇をやったり、演技レッスンに通ったり、脚本講座に通ったり、ファシリテーター講座みたいなのがあったり、みんなで読む朗読会や、シアターゲームで遊ぶ会や、スタッフワークでいうと、裁縫教室や、ファッションデザイン教室や、木工教室、写真教室・・・などと、解剖して細分化いけば、演劇はまっこと多ジャンルの職能で形成されているのだと思うのだから、殊更、作品を作ること以外にも参画できる手段というのはありとあらゆるところにあるのではないだろうか。とは、やや浅はかか。

 しかしながら、「ココ」にいけば演劇の人が、なんかそういう教室を開いたり作品を作ったりしているようだよ?というような「ココ」が、幾つも幾つもいろんな町に生まれていけば、演劇って思ったより近くにあるんだね。だとか、おじさんが「ココ」のなんだか教室に通ってるよ、っていうことだとか、あたい最近「ココ」の朗読会に通ってますの、だとか。そういう人たちも増えないかな、って思う。
 そんな「ココ」が欲しいと思うし、「ココ」の主催が劇場であって欲しいのだ。(呼び方はアートセンターでも良い)
 『劇場になりたい』というのは劇団のテーマかと思っていたけれども、自分のことなのだ、とようやく気がついたのだった。最近言っていなかったけれども、この先、何度でもいうと思う。「劇場になりたい」


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