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世の中のことは、すべてトランプから学んだ

トランプが象徴する”ルールと運、そして戦略”。でも結末は、誰にもわからない
本来、トランプはギャンブルの道具。ギャンブルでは、たった1枚の手札で人生が台無しになったり、信じられないほどの大金を得たり、運命が切り開かれたストーリーは無数にあります。

僕がこの仕事を選んだとき先行きはまったく分かず、ただ必死にマジックを続けていただけでした。

マジックを続け、ありがたいことに100以上のテレビ番組やTVCMに出演したり、畏れ多いことに赤坂御用地での晩餐会でマジックの披露したりなど、トランプを片手に信じられないような場所へ足を踏み入れられたことを、自分のことでないような……、夢の出来事のように感じています。

マジックを仕事に選んで走り始めた頃は、想像すらできなかった出来事ばかり。それは、トランプが象徴する「ルール」や「運」、「戦略」があっても、その結末は予想できないことと同じです。

トランプが象徴する”ルールと運、そして戦略”。でも結末は、誰にもわからない


「舶来品だから丁寧に扱う」それが子供の頃のルール

子供の頃、お正月や親戚の集まりなど、大人と子供が集まるとトランプで遊ぶのが恒例でした。『7並べ』、『神経衰弱』『ババ抜き』……。ゲームは、ごく普通。しかし、ゲームに使うのは父が大切にしていた『舶来品のトランプ』。なので、子供たちは『手を洗って大切に扱う。』が、我が家のルールでした。

当時の海外旅行のおみやげの定番は、ウィスキーかトランプ。ドルが円より強く、欧米からの海外製品は贅沢品、高級品と思われていた時代です。
父の友人、父の想いも、きっと詰まっていたはずです。

2023年のホテルニューグランドで行われた『人生を変えたマジック、人生を変えた料理』でのギャンブリングデモンストレーション用に製作されたトランプ(USPC社製)

自分でデザインしたトランプでマジックなんて、ダサいこと
「大切なお客様には、新しいトランプを開封することにしています…」という僕のマジックのオープニングのセリフ。新品のトランプの封を切り、マジックを始める姿を見たのは、日本の観客だけではありませんでした。世界最大のトランプメーカー、U.S.PLAYING CARD社の当時の副社長 Jason Lockwood 氏は、日本に出張中にホテルのテレビで、ボクのマジックに偶然目をとめました。

しばらくして、「専用のカードをつくらないか」と、U.S.PLAYING CARD社アジア総代理店のMGM社からオファーをもらいます。しかし、「すでにU.S.PLAYING CARD社には美しいデザインのトランプが沢山あるのに、なぜ新しいデザインのトランプを作る必要が?」と、その幸運ともいえる申し出を僕は断ることにしました。

その頃、僕が使っていたトランプは" TALLY-HO CIRCLE BACK "。あまり知られていませんが、世界中のマジシャンから尊敬され、20世紀のマジックの功績から『プロフェッサー』と呼ばれた巨匠、ダイ・バーノンも愛用していたトランプでした。

マジックの長い歴史、そして先人を想うと、「自分専用のトランプを使うなんて、身の丈に合っていない、ダサいこと」。僕は、そう思っていました。

歴史や先人に、できるだけ謙虚でいられるよう、バーノンさんの写真を飾っている

MGM社とU.S.Playing Cardからのフレーズ
自分専用のトランプを持つことに消極的だった僕を心変わりさせたのは、USPC社とMGM社からの「The magic is in the partnership(魔法はパートナーシップの中にある)というフレーズでした。

150年以上にわたり、世界中のマジシャンをカードメーカーとしてサポートしてきたUSPC社。そんな恩をマジシャンとして少し返す気持ちで、僕が愛用している" TALLY-HO CIRCLE BACK "に少しだけデザインを加え、" Tomohiro MAEDA MODEL TALLY-HO "として製造することになりました。

2023年までにMGM、CASIO、MHD、カタログハウスとのコラボレーションなど、9色2サイズの計13種類の" Tomohiro Maeda MODEL TALLY-HO "が製造されました。USPCの伝統あるデザイン" TALLY-HO CIRCLE BACK "に、少しだけ手を加えたデザイン。なので、天国の巨匠たちも、それほど怒っていないことを願うばかりです。

MGM社とUSPC社から贈られた「The magic is in the partnership(魔法はパートナーシップの中にある)のプレートの入った額装(2004年)


U.S.Playing Card社から本社への招待
2006年、アメリカ、オハイオにあるU.S.P.C本社と工場に招待されます。初めて会った頃は副社長だった Lockwood 氏は社長に昇進していました。

「U.S.P.C社の歴史はアメリカの歴史」と語られるほどその歴史は古く、第二次世界大戦中はパラシュート工場として接収されていたほどです。

2006年当時のU.S.Playing Cardのボードメンバー(中央がLockwood社長)

U.S.P.C社は惜しげもなくトランプの製造工場を見学させ、非公開の書庫に保存された貴重な資料を閲覧させてくれました。そこには、グーテンベルグの印刷機が発明される以前、木版によるトランプや歴代のUSPCのトランプなどが所蔵されていました。「伝統を大切にする強さ、なぜアメリカ製品が世界中で愛されるのか」に少し触れたような気がします。

USPC社の社長Lockwood 氏から贈られた裁断前のシート。トランプはこんなふうに印刷されている

1910年頃の" TALLY-HO CIRCLE BACK "の再現
2022年ごろ、自宅にあったトランプをフリマサイトに出品することにしました。ありがたいことに多くのトランプが売れ、あれよ、あれよという間に、まとまった金額になりました。なんとなくマジック以外でお金をいただく罪悪感もあり、そのお金で新しいローズゴールド色のトランプをUSPC社に発注することにしました。

なぜローズゴールドを選んだのか……、記憶をたどるとUSPC社の書庫で見つけた1910年頃の金色のトランプが強く印象に残っていたのかもしれません。

1910年頃の"TALLY-HO"を再現した” Tomohiro Maeda MODEL TALLY-HO "ローズゴールド
USPC社の書庫で見つけた1910年頃の"TALLY-HO"

ひとりのマジシャンが専用のカードを持つことを「たんにラッキーだったから」と言う人もいるかもしれません。しかし、そこにはトランプから学んだ大切なこと……「ルールや運、戦略が明確でも、結末はわからない」「誰かが大切にしているものは、自分も大切にする」「身の丈にあったことをする。背伸びはしない」「先人や伝統は大切に」「受けた恩は少しづつでも返す」があったから……。夢のような世界で仕事ができたのも、そう。今思えば、そんな気がしています。(編集中 つづく)

サポートはウェルカムです。いただいたサポートで、若いマジシャンとお茶を飲んだり、一緒にハンバーガーを食べるのに使わせていただこうと思っています。