VOID
ぼくはただここに在る
目に飛びこんでくるのは 街の光線
源氏蛍もほとほとと
耳を通りすぎてゆくのは 街の軋む音
きりぎりすは鳴くことも忘れて
鼻の周りを漂うのは 街の饐えた匂い
みみずはアスファルトの下で静かに泣く
手のひらで掴むのは 街の冷たさ
猿は胡桃を手に笑う
口にするのは 街の言葉
鯨は海の底で黙って歌う
ぼくはただここに在る
一緒にいる自分というものの存在も忘れながら
ぼくはここに在る
顔のない人間が隊列を組んで過ぎていく
ぼくはここに在る
ぼくは文明の上に立つ
ぼくはここに在る
ぼくは表面的な何かでしかない
ぼくは
そしてぼくは 森の中に立っていた
粒の結晶がぼくを形づくる
木漏れ日がいくつもの命である土を照らし
やがて 一匹の鳶は風をつかんで舞う
目を閉じて 耳を澄ます
この森で
根付いている木々たちの
太古の聞こえぬ声を聴こう
聞こえてくるのは
変わらぬ営み水の音
この森で
積み重なった石たちの
太古の聞こえぬ声を聴こう
聞こえてくるのは
語らぬ石の沈黙なる歌声
この森で
共鳴しあう鳥たちの
太古の聞こえぬ声を聴こう
聞こえてくるのは
空にこだまする時を超えた旋律
この森で
静かに揺れる風たちの
太古の聞こえぬ声を聴こう
聞こえてくるのは
今をそっと囁く音
この森で
ひとり輝く星たちの
太古の聞こえぬ声を聴こう
聞こえてくるのは
宇宙の粒子がぶつかる音
この森で
息吹をあげる熊たちの
太古の聞こえぬ声を聴こう
聞こえてくるのは
奥底に眠っている野生の鼓動
この森で
今ここに在るぼくの
太古の聞こえぬ声を聴こう
聞こえてくるのは
途切れることのない命のリレー
世界がまだ海だったころの記憶
裸足で土の上に立つ
もぐらの鼓動が足を伝う
生の感覚
思わず目を開けてふと思う
目に見えるものと見えないもの
耳に聞こえるものと聞こえぬもの
どちらが本当なのか
どちらも本当なのか
ぼくはただここに在る
内なる自然と出会い
嘘や隠し事でできた服は脱がされた
ぼくはここに在る
ぼくでないぼくを見つけて
ぼくはここに在る
あらわになって猿だった頃の記憶
ぼくはここに在る
水面下の粒の戦い
ぼくはここに在る
所詮は粒の集合体
それが僕という夢を描き
全ての現象は無常であると
倒木に生えたキノコは告げる
地面の上に いま
ここに在る
ただ それだけのこと
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