霧雨煙る静かな夜

10年前の自分を思い出す時、「頑張ったよね、よく頑張ったね」と過去の自分を誉めている。

雨が降りそうな夜や小雨がぱらつく深夜、何気なく曇った夜空を見上げると、昔見た似たような空を思い出すんだよね。
同時に、自分史上トップ5に入るであろう暗黒期も思い出すわけ(笑)。

あの頃、正当な評価をしない会社や上司にいい加減腹が立った私は、勢いで会社を辞めた。
仕事ができるタイプだし、これだけの実績があればなんとでもなるだろう、と予測しての行き当たりばったりな退職だった。
そのまま、華やかな実績を携えて転職活動すれば良かったのに、何を勘違いしたのか、私は起業を志すことにした。


これが大いなる失敗で(笑)。


今だからこそ笑えるけど、高い税金に家賃、生活費がどんどん消えていく。
それまで貯めていた数百万円なんかあっという間に消え去りつつあった。
大体、起業するならもっといろいろ考えて、調べて、検討して、用意周到にやれよ!と思うのだけど、当時の私はすこぶる浅はかだったわけ。

安くないマンションを借りていたし、「起業する」というのを大義名分にアルバイトをやったりやらなかったりの私の貯蓄は猛スピードで減っていく。当然、私は焦る。
でも、あの当時は正社員に戻るつもりがなかったのよ。
「自由に暮らしたい!自由に働きたい!」って思ってたから。何度も言うけど、「だったら事前に準備しとけよ!」って話ですよ(笑)。

当座の生活費を凌ぐために、私は戸越銀座にあるキャバクラで働き始めた。
学生時代に歌舞伎町のキャバクラでバイトをしていて、その時、すごく成績が良かったんだよね。週3日勤務で60万以上稼いでた。
まあ、そういう経験があるし対人は得意なので軽い気持ちで応募した。
けして若いとは言えない年齢だったけど、水商売にはまずない高学歴と女子アナみたいな見た目が店長とオーナーに気に入られ、即採用。
でも、ここからが辛かった。

歌舞伎町とは時簡単価がそもそも違うし、歌ったり踊ったりするような若さもなく、下品な下ネタに笑って対応するにはそれまでのプライドが到底許さなかった。
唯一、トークだけだけど、正直、糊口を凌ぐための仕事だと思っていたからやる気がでないわけ。
「なんで客だからって平身低頭しなきゃいけないの?」って考えが向こうにも伝わっていたんだろう。
とうのたった私は売れないキャバ嬢になっていた。

「本当は起業したいのに」「こんなところで燻ってる時間がもったいない」って毎日思いながらお酒を作る。
休憩時間に薄汚れた狭いキッチンの裏口から外に出ると、いくつかのビルを越えた向こうに線路が見えた。
電車が走らない深夜の線路が都会の光に照らされてぬらぬらしていたことを覚えてる。
タバコを吸いながらそんな景色を虚しさ満載で眺めていた。

美人なだけではけして売れないのが夜の仕事。
プライドばかり高くてやる気のない私は、すぐに店長に飽きられ、早上がりばかりさせられた。つまり終電で帰らされるわけ。
そうなると稼げる日銭も少なくなるわけで…。

向上心ない女の子達や女同士の客の取り合いや、つまんねえ男達の会話に反吐が出るほど嫌気がしていたけれど、日銭を手っ取り早く稼ぐには夜の仕事が適切だった。
毎日毎日がつまらなくて、女の子との会話は店長や客の愚痴ばかり。たまに彼氏のノロケも聞くけれど、そんなのなんの興味もなかった。
あんなに楽な仕事なのに私は毎日行きたくなくて、でも家賃や生活費のためには働くしかなかった。昼間の仕事より時給は高いしね。

あの頃、仕事に行く度に下を向いて歩いてた。
だから今でも夜のネオンに照らされたアスファルトの凸凹模様までしっかり覚えてる。
引きずるように持っていた滴のついたビニール傘も。
暗いアスファルトを見ながら、いつも心の中で唱えてた。


必ずこんな生活から脱出してやる。
必ずこんな生活終わらせる。絶対に未来を諦めない。


いつもいつもそう思っていたけれど、その生活からいつ脱却できるのか、本当にできるのか、そのためにはどうしたら良いかわからなかった。
わからないって絶望を生むよね。
絶望は希望を失わせるし、やる気を失わせる。
それに負けない心を保ち続けることが実は一番しんどかった。

真っ暗な日々から離れられたのは、偶然だった。
店のNo.1の女の子の太客に気に入られた私を、No.1が許すはずもなく、軽めのいざこざがあったのよ。
「あんたと違ってこっちは水商売に本気じゃないから。あいつが勝手に私を気に入ったんだけど」とは言わず(思ったけど)、「揉めるのが面倒なので辞めますわ」と一言店長に言って、その場で辞めた。もちろん、後日、残りの給料はきっちり貰いに行った(笑)。
このいざこざのお陰で私は強制的に夜の仕事を辞めることになる。

あれから10年。
まさか今の暮らしを手に入れているとはあの時の私は想像しなかった。
夫のお陰でそれなりに豊かな暮らしができ、子どもに恵まれ、生きることや生活することに四苦八苦しなくてすんでいる。
毎晩小銭を数えたり、月末に迫るカードの支払い額や家賃滞納や未払いの年金なんかに頭を悩ませなくてすんでいる。

あの頃、抱えていた悩みがいつ消えるのかわからなかった。
でも、半年後や1年後は笑って暮らせるように必ず頑張る、ということだけはけして諦めなかった。

諦めないって大事だね。
諦めが肝心な時もあるけれど、基本的に、生きる上では諦めない方がその後を好転させる気がするなあ。

そんなわけでそろそろ寝よう。
明日は次男を登園させねば。

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