新作落語「大学芋」
登場人物: ・繁 五十五歳位。古書店経営。博識・穏健。通称シゲヤン。 ・辰 三十五歳位。近所のイラチ、ちょか。無職の粗忽者。仙台四郎似。 ・ご隠居 大正生まれ。東大大学院卒のインテリ。 場所:繁やんの古書店内 時代:昭和の終わり まだいまだ・作 (まくら) モノには大概(たいがい)名前がついております。名前のない奴まで「名無しのゴンベエ」という名前がついておりますナ。 人の名前、下の名前は子が生まれた時に親が字画なんか見て勝手に付けて、最近では「アトム君」やら「サリーちゃん」、「飛雄馬君」やら「リカちゃん」やらいろんな名前を付けてますナ。それでも一応親心というか、同じアニメでも「カツオ」とか「ワカメ」と云う名前は付けないんですナ。自分の子に「悪魔」て付けたい、て云うてたけったいな親もございましたナ。 これが苗字になりますと、これはもう生まれた時から決まってて、自分ではどうしようもないもんです。まあ下の名前も自分ではどうしようもないもんなんですが。これが親でも苗字は自分で決められない。 大体苗字は歴史的に見て地名から来てる場合が多い様です。ですから、自分の苗字の地名は大体どっかにあるみたいですナ。私の本名「船引」も船引町というのが、確か福島県と宮崎県にございます。それと所によっては、例えば浜松みたいにやたらと「鈴木さん」が異常に多いとかと云う風になってくると、学校の先生なんかも大変ですナ。下の名前、ファーストネームで呼ばんと区別でけへん、ということになってくる。もうこれが全部鈴木君やったら「え~、ヤストモ君、コウジ君を泣かしたらいかんぞ。タケシ君に聞いたぞ」という風にやらんといかん。それでのうても鈴木さんは多いのんですが、浜松は何でかやたらと多い様でございます。 名前の由来なんかでもほんまかいな、と思うようなんがあって、「うなぎ」の語源は鵜飼の鵜が魚とる時にあの長いのが入ってきたら、ノドにつかえてナンギするから「鵜難儀」でうなぎになったとか、と云う話がありますナ。 落語でも「寿限無」も長ぁい名前の話やし、「鶴」の語源を「つうと来て」「ルと降りた」みたいなことも云いますナ。「お前あれ鶴て云うたけど、あんな鶴おらへんで、けったいな」て云うたら「そうや、あれは鶴とちゃうで、あれはサギやで」みたいな話もございます。 私らが普段使こてる言葉でも、よう考えたらその元々の意味やら語源やらを、分からんと使こてる場合も多いようです。
(はなし) 辰(騒がしく)「繁やんっ、繁やん~、お~い、おんのんかあ、繁やんっ!」 繁(ゆっくり本を読んでいる)「何や何や、あぁ辰、お前か。何や朝から、大ぉきい声出して。 そんな大きい声出さんでも聞こえる云うねん、ほんまに。なんか用でもあんのんかいな。。 そんなとこ立ってんと、まあこっちぃ入りいな。相変わらずせわしない奴やなぁ。。。なん の用や」 辰「いや、朝からすまんこって。いや、うちの嬶(かか)ぁがな、朝から大学イモ食べながら な、大学イモてなんで大学イモて云うねんやろなぁ、って云いよんねん。別に中学イモでも 高校イモでもええと思うねんけども、何で大学イモていうのんやろなぁ、て。な、わいかて 朝からそんなもん知らんがな。まあ昼でも夜でも知らんねんけど。。繁やん知ってるかなあ、 あのおイモさんの甘ーい奴」 繁「アホ、大学イモ知らいでどないすんねん。朝からけったいな奴やで。ほんでわしに何の用 やねん」 辰「さあ、そこや」 繁「どこや」 辰「どこややあれへんがな、そこはそこやがな!いやな、その大学イモはな、ちょっと深ぁい鉢 に入ったあんねんけどな、嬶ぁがな、何で大学イモが大学イモて云うのんかを教えんかった らアンタにはコレ一個もやらん、云うてな、ついでにプゥーっとかまされてきやがった次第 で」 繁「。。。他人事(ひとごと)みたいに何云うてんねん、お前がかまされてんねんがな。ほん まにアホやなぁ。ほんで、何でわしトコへ来たんや」 辰「さあ、そこや。うちの嬶ぁが云うにはな、わては急にその答えが知りとうなった。どうせ あんたはボンクラで何にも分かってへんねんやさかい、どこぞの誰か知ってる人にでも訊ね てきてんかぁ、て。えぇ、そんな言い草しよりまんねん」 繁「己の嬶にそんな云い方されて、お前も腹がたったやろ。がつーんと云うたったんか」 辰「いや、ボンクラてうまいこと云いよんなぁ、と感心した次第で」 繁「何が次第じゃ。感心してどないすんねんな」 辰「いや、その代わりがつーんと一発」 繁「がつーんと一発云うたったんか」 辰「いや、早よ訊ねてこい、云うて、デボチンをがつーんと一発おもいっきりハッタおされて な、わい半泣きになってん」 繁「。。お前と云う奴はほんまに情けない奴やで。お前はあの嬶には、口では負ける、頭では 負ける、腕でも負けるんか。ほんまに情けないで」 辰「繁やん、わいかてわいの嬶ぁに勝つことあんねんで」 繁「ほお、お前でもあの気ぃの強い嬶に勝つことてあんのんか。何やねんそれ」 辰「いや、他でもないねんけどな、繁やん誰にも云うたらいかんで」 繁「そんなこと誰にも云わへんがな。何やねん」 辰(偉そうに)「おほん、飯(メシ)の喰う量と速さや。これだけは自信ある」 繁「。。。情けない奴っちゃでほんま。そんなもん人に云え、て頼まれてもよう云わんわ、ア ホくさい」 辰「あっ、もう一個あった」 繁「何がやねん」 辰「わいが嬶ぁに勝つことがもう一個あった」 繁「。。どうせまたしょーもないことやとは思うけども、念のためということもあるから一応 云うてみ」 辰「はばかり使こてる時間や。わいは長いぞぉ、はばかりの時間も物体も」 繁「。。。お前な、朝からわしに何が云いたいねん」 辰「せやから、わいのはばかりは時間も物体も長いぞ、ということをちょっとお知らせにぃ。。 ちゃうわ!イモや、大学イモや!」 繁「お前ひょっとして、わしに大学イモのその名前の由来を訊ねにきたんとちゃうか」 辰「繁やん、さすがにエラいなあ。何でわいの考えてることがわかんねん」 繁「そこまでごじゃごじゃ云うてたら誰かてわかるわ」 辰「わかるかぁ、さすが繁やんやなあ。いや、嬶ぁにな、そこまで云われてな、もうこうなっ たら繁やんに訊ねたろ、とすぐ思たワケや。繁やんは、わいより年嵩(としかさ)やし、こ うやって古本屋やってるし、まあ何でもよう知ってるやろ。せやさかいまずこうして古本屋 の繁やんのトコへ来た、っちゅうこってんねん。な、せやからあの大学イモは何で大学イモ て云うのんかを教えてぇなぁ、はよ教えて、オイはよおせよ!」 繁「古本屋、古本屋ていいおって。わしとこは古書店や、て云うてんねん。相変わらずせわし ない奴やなぁ。お前はそのイラチを治さんからロクに仕事もせんとフラフラぁフラフラぁす んねんな」 辰「そやけど、そんなこと云うたかて、わいには繁やんみたいに学(ガク)もないし、そんな 奥の深いこともでけへんから古本屋なんか無理やないか」 繁「古書店や、て云うてんねん。何の商売でも頭は使わんと、何でもうまいこといかへんぞ」 辰「ほんまかぁ。わいらには「学(がく)」っちゅうもんがないさかい。皆目わからへんわ。 匂いカグのは得意なんやけども学っちゅうもんはちょっとあらへんなぁ」 繁「何をしょうもないこと云うてるんや。まあ、そこ座って茶でも飲んでいけ」 辰「あ、おおきにすんません。いやほんで、そのコ、コショ、こ、古書店の繁やん。大学イモ の名前の由来、おせてくれるか」 繁「古書店くらいまともに云えんか」 辰「そう、わいらホンヤぁ、フルホンヤぁ、て云うてるからこ、古書店なんて云いなれん言葉、 ノドがこしょばなるわ」 繁「なにがこしょばなんねんな。相変わらずオモロイ奴やで」 辰「でへへ、そうでっか。うん、そんで、その大学イモの話、ぱっぱとやっつけてくれまへん か」 繁「カンテキで魚焼くんやないねんさかい、もうちょっと落ち着かんか。そうやな、大学イモ の名の由来やな。よう考えたらナカナカええ質問やで、それは」 辰「え、そんなにええ質問でっか」 繁「ええ質問や。名の由来を調べる為には、まずそれがなんでその名で呼ばれたんかというこ とを調べなあかんナ」 辰「そうでんがな。それを訊ねにきてまんねんがな」 繁「うん、そりゃそうなんやけども、名が付いただけでなく、今日(こんにち)までずっと引 き続いて呼ばれている、というその理由がないとあかんやろ。名を付けるだけやったら誰で もできるけれども、それがどういう形で広まったんか、ちゅう話やな」 辰「はぁ」 繁「それと大学イモと中華ポテトとの違いをはっきりさせんとアカンやろ。ほんで地方地方で 大学イモの作り方が微妙に違うかもしれんから、それも調べなあかんなあ、うーん。そうな ると、これは歴史学、人類学、博物学、民俗学、文明伝播論(ぶんめいでんぱろん)、そう そう、それに食品学の資料まで引っ張ってこないかんなあ。うーん、コラおもろなってきた なあっ」 辰「繁やん、繁やん。お取り込み中のところ誠に悪いんやけどな、わいは別にそこまでは詳しゅ う調べてはいらんねん。名ぁの由来のとこだけでええからちょこっと教えてえなぁ。あとは、 ひとりでゆっくりお楽しみをば。。」 繁「ほお、お前、そんなに忙しなったんか」 辰「いや、こないだから云うたら約三倍はヒマやねんけどな、そんな仰山(ぎょうさん)ナン トカ学、ナントカ学、云われても頭痛が痛いだけやがな。せやから、その名前のトコだけ教 えてもろたらそれでかまへんねんから、よろしゅう頼んまっさ」 繁「そこだけでええんか。何でやねん、お前。ひとつわかたっら全部分かりとなるやろ。そう やって知識というもんは増えて広がってゆくんや。ほんでまた、調べていったら最初に知り たいとおもたことも分かるし、それに関連した周囲のことまで分かったら得やろ」 辰「そら得かも知れんけれども、わいはその最初のとこだけでよろしおまっさ」 繁「えらいあっさりした奴やな。そういう性分やからいつまでたっても大人(たいじん)にな られへんねん」 辰「わいそんな大層なもんに、なりとおもないけどなぁ」 繁「何がやねん、人間というもんは、知識と知恵をつけて大きい人間、大人(たいじん)になっ てゆくねんやないか」 辰「知識と知恵が付いたら大魔神になんねんやろ。わい、あんな大っきい、怖ぁい顔したんに なりとないわ」 繁「アホ、誰が大魔神の話してんねん。人間が出来てて、大きい人間の事を大きい人と書いて 大人(たいじん)とこう云うのんや。相変わらず粗忽な奴やで。まあええわ、ほんならお前 あの棚の上の方ぅにあるあの赤い大きい本を取ってくれるか」 辰「ああ、あのイッチャン上のあの天井に近いとこにえらい大っきい本がありまんな。あれに 載ってまっか。大学イモの一件が」 繁「一件て、大層に云いな。まああの本やったら、なんか分かるかも知れんな。」 辰「そしたら、わい大工の棟梁のトコ行てきまっさ。ちょっと待っといておくれやっしゃ」 繁「ちょい待て。何でお前が棟梁のとこへ行くねんな」 辰「そやかて、あんな背ぇの高いとこにあるもん、脚立(きゃたつ)がなかったらとれまへん がな。せやから今から行て参じまっさ。繁やん悪いけど小一時間程、お茶でも飲んで待っとっ てんか」 繁(あきれて)「ほんならお前何か、わしの店では上の方の本を取るときは、一回ずつ棟梁の トコまで行って、脚立借りてきて本取るんか。そんなことしとったらお客が帰ってまうやな いか」 辰「え、ちゃうの。いちいち面倒臭いことすんねんなあ、とは思たんやけれども。ほんだら繁 やん、繁やんとこのババ呼んできて」 繁「ヒトの嬶つかまえてババて何や。ウチの妻(サイ)に何の用や」 辰「あれ、サイ云いまんのんか。わいはまたずうっとおウメはんやったと思うてたけど、いつ の間に改名しはったんだっか」 繁「アホか。誰が改名すんねん。ウメはずぅっとウメや。自分のヨメハンのことを妻(サイ) てなことを云うのじゃ」 辰「ヨメハンのことはサイ云いまんのんか。ほぅお、ホナ婿はんのことはナマケモノでっか」 繁「ナマケモノはお前のことじゃ!動物園やないねんからそんな風には云わんガナ。妻と書い てサイと読むのじゃ」 辰「あぁ~、サイだっか」 繁「なにがサイだっかじゃ。。ほんでウチのウメを呼んできてどないすんねんな」 辰「いや、そのサイをここへ来てもうて、この下へ四つんばいになってもろて、その背ぇにわ いが乗ってあの本を取りまんねんがな」 繁「。。。ようそんなことを考えつくなぁ、いちいちそんなアホなことでけへんやろ。棚の端 に作り付けのハシゴがあるやろ。天井にレールでハシゴが付いたあるから、あれを横へ滑ら して来るんや。図書館とかで見たことないか。知らんやろなぁ」 辰「え、図書館てあの本ちゅうもんが仰山積まれてあるというあの噂の、あの本の巣窟(そう くつ)、本のシンジケートと呼ばれてるトコか。自慢やないけど一遍たりとも行ったことな いけども」 繁「なんでもええけど、お前何かテレビ映画か何か見過ぎと違うか。そんなこと自慢になるか い!」 辰「やっぱりアカンか。ほな、このハシゴをしゅうっとこう持ってきて、とんとんとん、と。。 うわ、結構高いな。繁やん、エレベストの上もこんな感じかな」 繁「それも云うならエベレストやろ。全然ちゃうわ、向こうは高度何千メートルやないか。そ れとこれを比べられるお前がむしろうらやましいわ、わしは」 辰「わっはっは、こりゃエレえ間違うた。やっぱりちゃうか。えーっと、この赤いこれかな。 繁やんこの『江戸春画大全』(えどしゅんがたいぜん)て書いたある、コレでええのんか」 繁「アホ、それはちがうがな。それはわしが時々ヒマな時見てる奴じゃないか。。いやいや、 そのもうちょっと左の方の赤い奴や」 辰「なんかこっちは怪しげやけどもオモロそうな本やな。繁やん、あ、この『日本由来事始め 事典』ちゅうのんでええのんか。うわ、重た」 繁「おぅ、そうやそうやその本をちょっと降ろしてくれるか。(受け取って)そうそう、ウン この本やったら何か分かるかも知れんな。古い大事な本やからお前に触らすワケにはいかん けどもな、わしが見たるわ」 辰「旦那、やっと今、迷宮入りやった謎が解きあかされるんでゲスな」 繁「お前絶対テレビの見過ぎやて。(辞書を見て)え~ナニナニ、ふむふむ、ふんふん、ほお、 へえ~、はあ~、そうか、ああやっぱりな、ふーん」 辰「え、繁やん、何かわかったんか」 繁「え、うん。まあな」 辰「どうや」 繁「え、分かった」 辰「分かったんか」 繁「分かった」 辰「何がわかってん」 繁「え、いや、この本が二十年間売れてない、ちゅうことが分かった」 辰「繁やん、今フンフンとかハンハンとか云うとったやん」 繁「そうや、この本の奥付と値段みてみい。えらい長いこと、あこに置いたままになったあっ てんな、と思て」 辰「それがどないしましてん」 繁「そやからお前に降ろしてもろたついでに、値ぇを変えて、もちょっと下の方の段の棚へ差 し直してやろうかな、と思て」 辰「繁やん、わいの調べごとの方も、よろしゅ頼んまっさぁ。ほんま」 繁「分かっとる。やいやい云いな。えっつうと。え~ナニナニ、ふむふむ、ふんふん、ほお、 へえ~、はあ~、そうか、ああやっぱりな、ふーん」 辰「え、繁やん、何かわかったんか」 繁「え、うん。まあな」 辰「どうや」 繁「え、分かった」 辰「分かったんか」 繁「分かった」 辰「何がわかってん」 繁「名前の由来が分かった」 辰「分かったか。さすがに一発でご名答っちゅう奴やな。で、なんて書いたある」 繁「この名には、あの陰陽師(おんみょうじ)とも云われた、安倍清明(あべのせいめい)や ら、信太(しのだ)の森、ほんで大阪の松葉屋やらが関係しておる」 辰「え、大学イモの名の由来にそんなヤヤこしいもんが一張噛んでまんのんか」 繁「え、いや、これはキツネうどんの名ぁの由来のトコを読んでんねんけどな」 辰「繁やん、殺生でっせ。分かった、云うから大学イモの話が分かったんカナ、と思うがな。 それがなんでキツネに化けまんねん」 繁(笑って)「大体キツネは人を化かすもんや。陰陽師・安倍清明はキツネの生まれ変わりと 云われてて、信太の森へよう出入りしとったワケや。で松葉屋がアゲを乗せたうどんを発明 した時に、キツネにちなんで『しのだうどん』と呼んだのが今のキツネうどんの始まりと、 こう書いてある。わしは前々からキツネうどんを食べるたんびに、その名前の由来を知りた かったんや」 辰「ほお、そんなに深い訳があったんか、けつねうろんに」 繁「けつねうろんて何やいな。まあ、素人にはわからんやろうけれども、物事には大概その成 り立ちというものがあるものや」 辰「素人て、けつねうろんに素人も玄人もあらへんガナ」 繁「それを素人や、と云うのや。どうや、わしらは五十年以上、毎日一回はキツネうどんを食 べてるんやぞ。それを昨日や今日の素人にトヤカク云われたナイな」 辰(小声で)「五十年も玄人やってんねんやったら、その間に由来くらい調べとけっちゅうね ん」 繁「何をごちゃごちゃ云うてるんや。お前みたいな奴が東京のそば屋へ行て、タヌキを食べた い時にタヌキが食べられへん、そういう口(クチ)やな」 辰「何云うてまんねん。東京であろうが何処であろうが、たぬき食べたかったら『たぬきっ』 云うたらしゅっとタヌキそばが出てきまんがな」 繁「そやからお前は素人や、とこう云うのや。東京のそば屋で『タヌキ』云うたら、まず『そ ばかうどんか』て聞かれるナ」 辰「何でやねん。タヌキ云うたらそばのことに決まってまんがな」 繁「そやからこれが処(ところ)変わればなんとやら、という奴やないか。え、お前がそこで タヌキそば、て云うやろ」 辰「タヌキはタヌキそばやから、まあそれでええがな」 繁「ところが出てくるもんはお前の考えてるタヌキとは別のもんが出てくるで」 辰「別もんのタヌキて、ヌエとか猩々(しょうじょう)みたいなもんが出まっか」 繁「落語やないねんからお前、そんなけったいなもんが出てくるかいな。素ぅのそばに天カス が乗っただけのもんや」 辰「何を!?それは東京もんがわいの顔見て、大阪の人間を見下しさらしてそうしてんのんか。 許さんぞ、わいは」 繁「誰を許さんねん。まあ、そうアセりな。あっちとこっちで呼び名が一緒なんは、キツネう どんだけや。こっちでいうたぬき、つまりタヌキそばは東京ではキツネそば、と呼ぶのや。 ほんで、天カスだけの奴をタヌキうどん、タヌキそば、とこう呼ぶことになっとぉる」 辰「変わってるなあ。ハイカラうどんのことをたぬきうどんてか、やっぱり東京もんは信用な らんで」 繁「東京の場合、キツネの発想は一緒やねんけども、タヌキはキツネから転じてきたもんと違 うな。これはわしの想像やけれども、おそらく具が無いという意味で「種抜き」が詰まって タヌキになったんやないやろうか」 辰「ほお、タネヌキでタヌキか。ヤヤこしいこと考えるで、ほんま」 繁「例えば親子丼の上の具だけの奴を『台抜き』てなことを云うヤロ。おそらくあれと同じ発 想やな」 辰「分かった。ほんだら、もしわいが東京行て親子丼の上だけ食べたかったら『ダヌキ呉れっ』 て云うたらええねんな」 繁「何やねん、その『ダヌキ』て」 辰「『タネヌキ』で『タヌキ』やろ。『ダイヌキ』やったら『ダヌキ』やないか」 繁「『ダヌキ』て云うような食べもんはあらへん。そう強引に詰めるもんでもあらへんナ」 辰「とにかく!繁やんが長年知りたいと思てたことが分かって良かった良かった。めでたいめ でたい。はいはい、ほたら大学イモへ行こ行こ」 繁「おう、そうやったな。大学イモの名の由来やったな」 辰「やっと本番やな、(大声で)ヨッ!待ってました!シゲチャン!日本一!」 繁「お前何とかミュージックホールやないねんから、ちょっと黙ってり。あんなトコでも、も しひゅっと手ぇとか出したら音楽も止まって照明も消えてまうやろ」 辰「エラい詳しいな」 繁「え、あ、いやいや。ま、想像で云うてんねんけどもナ。。」 辰「繁やん、何でもええから、頼むからはよ先ぃ進んでチョンマゲ」 繁「分かっとる。えっつうと。え~ナニナニ、ふむふむ、ふんふん、ほお、へえ~、はあ~、 そうか、ああやっぱりな、ふーん」 辰「え、繁やん、何かわかったんか」 繁「え、うん。まあな」 辰「どうや」 繁「え、分かった」 辰「分かったんか」 繁「分かった」 辰「何がわかってん」 繁「大学の奴の名前の由来が分かった」 辰「ほうか、分かったか。ほんで、何て書いてある」 繁「明治十八年に東京大学の前の『松屋』が売り出した、とこう書いてある。イギリス帰りの 大学教授が伝えたらしい。ほんで、その後銀座の『丸善』が商品化した、とこうなっている」 辰「松屋というイモ屋が出したもんを、丸善というイモ屋がやり方を盗みよったんかいな。悪 い奴っちゃな」 繁「いや、松屋も丸善も文房具屋や」 辰「え、明治時代の文房具屋ではイモも売ってたんか」 繁「いや、今読んでんのは『大学ノート』の由来のトコなんやけどな。だいぶ近づいてきたや ろ」 辰「繁やんー。頼むわぁ。大学の奴の名前て云うから大学イモかいな、と思うがなぁ」 繁「いや、これがお前、ものを調べる醍醐味ちゅうもんやないか。そやろ。新聞記事切り抜く 時でもそこだけ切ってもアカン。ちょっと余分に回りの記事も一緒に残して切っとくんや。 そしたら後々十年二十年経った時に、自分の調べたかったことを確認するついでにその時に たまたま起こったことも一緒に分かるやろ。そういう周囲の出来事が年数を経るとオモロな る、ということもしばしばあるのんや」 辰「なるほど、そういうもんかなあ。大体わしら新聞てなもん取っとらんもんなあ」 繁「新聞も取ってないんか。まあ、単にニュースを知るだけやったら、テレビでもパソコンで もええねんけれども、そのニュースの周辺のことやとか、一定期間が過ぎてからの分析とい うのか解説があるやろ。あれは新聞だけにしかない情報やな。さっきも云うたけれども、何 か興味があったら、ちょっとその周囲をのぞいて見るということは大切なことやぞ」 辰「そうやな、わいが大学イモの話を持ってこなんだら、大学ノートの話は分かってへんかっ てんもんな」 繁「キツネうどんかてそうや。わしも大体は知っとったんやけれども、詳しいトコまでは分か らんかった。それがお前が来て、この本をめくったことによって分かったワケや。ほんで、 お前かってキツネうどんとかキツネそばとかの違いなんかが分かったワケや」 辰「繁やんもわいに礼云うてや。わいが来ていろいろ解明されたワケやろ」 繁「まあまあそういうことやな。それもお互い様や。ほんで、大学イモなんやけどもな、さっ きの大学ノートと一緒で、東京の大学が関係してるんやないかなぁ、と思うねんけれども。。」 隠「ごめんくださいやして」 繁「はいはい、あらインテリのご隠居はんやおまへんか。まま、ずっとおはいりをば。おはよ うさんです。今日は何かご要りようでっか」 隠「ああ、いや毎度のことでナ、ちょっと散歩がてら寄らしてもらいましたんじゃ。あんさん とこは景気はどうぞな」 繁「いやあ、まあまあボチボチですわ。お客が来たんかいな、と思たらこんな近所のナマケモ ンのアホしか寄らんような店ですわ」 隠「いやいや、わてかて同じ様なもんですがな」 辰「ちょっと、ちょっと繁やん、ご隠居になんちゅう紹介しまんねんや。ご隠居、お久しぶり でおます。自由業を営んでおります、そこの角(かど)の辰でおます」 隠「おあ、どこかでお見受けしたお顔やと思うたら、辰さんでおましたか。あぁご機嫌さん。 最近は自由業を営まれておられるのか、結構結構。こんなトコで珍しい人に会うた。何かお 探しもんでも」 辰「いや、自由業は最初からずぅっと営んでまんねんけどな。いや、今日はちょっと調べもん があったさかいに、繁やんとこに訊ねに来たっちゅう次第で」 隠「そうですか。知りたいことが出来るということは良いことですナ。それでまた分からんかっ たことが分かる喜びというもんは歳に関係なく嬉しいもんですナ」 辰「へえ、繁やんも最前同じようなことを云うてましたわ」 繁「そうそう、インテリのご隠居はん、確かご隠居はんは、東京の大学を出てなさる学士さん やったんと違いますか」 隠「へえ、そうそう。偉い昔の話をされますな。わては東大で学士も取りましたし、お恥ずか しい話ですが、博士号まで取らしてもろたんじゃわ」 繁「何の恥ずかしい。辰に爪のアカでもやってくだされ。そうでしたか、博士号までとは存じ ませんでしたわ。ご専門は何やったんですか」 隠「うん、国文をちょっとナ」 繁「あぁ、国文ですか」 辰「さあ、それや。そいつはわいと一緒や」 繁「お前何がご隠居はんと一緒やねん。ご隠居はんは博士号やねんぞ。お前が知ってんのはせ いぜい鉄人二十八号か南極一号くらいやろ。お前何考えてんねん」 辰「いや、ご隠居と専門が一緒やな、と思て」 繁「何が。ご隠居はんは国文やと云うてなはんねんぞ」 辰「そやろ、わいも専門はコクウンや」 繁「何やねん、そのコクウンて」 辰「ウンをコクんや」 繁「アホか。お前のはコクウンか。ご隠居はんのはな、国文、国文学のことや」 辰「なんや、違うんか。おしい」 繁「全然おしないわ。ところでご隠居はん、この辰が大学イモの名の由来を訊ねに来たんやけ れども、ご隠居はんは何かご存じやありませんか」 隠「辰さんの調べもんは、そういうことやったのですか。大学イモの名の由来、ふんふん。な かなか面白いことを訊ねなさるな」 辰「やっぱり繁やんも最前同じ様に云いましたわ」 繁「ご隠居はん、さっきちょっと調べとったんやけれども、あの大学ノートの名の由来のトコ でも東京の大学が関係しとった。そやから大学イモにもやっぱりそこら辺りの大学が関係し てんのやないかなと、こない思て今この本を見とったとこですわ」 隠「ほう、そうですか。大学イモとはこら懐かしい。そういえば最近口にしてないですナ」 辰「懐かしおまっか。ほなご隠居の子ども時分からあったんでんな」 隠「いやいや、わては大正生まれやさかい、その時分はまだまだそういうもんはあらしまへん。 そうやな、昭和に入って、東京の大学へ行た時に丁度流行しとったんかも知らん」 繁「そうですか。それは昭和のいつくらいでしたのん」 隠「そうやな。昭和の二年か三年くらいじゃな。大学イモは、そのアトわての下宿先でもいた だいた様に思うナ。そうそうちょっと思い出してきたナ」 辰「ご隠居、どんなことを思いだしはったんでっか」 隠「そうやな、当時青森やとか宮城やとか、北海道の人間もちょっとおったかも知らんが、そ うした北の方から来た学生が寄る下宿屋があったんやナ」 辰「キタの方からキタ、て。ご隠居も隅におけまへんな」 繁「お前何をごちゃごちゃ云うてんねん」 辰「いや、まあまあ。で、ご隠居も下宿におったて云うてはりましたな」 隠「そうそう、わてがおったんは一軒家の二階の部屋貸しで、そこの家族と一緒に、ごはんや らお風呂などをいただきますのんや。下宿屋というのんは、今で云うたらアパートというか、 文化住宅というか、二階建てとか三階建ての長屋みたいなもんで、たぶん大家さんの関係や と思うねんけれども、下宿屋にはそれぞれ特長があったものや。絵描きばっかり寄りよる下 宿とか、運動が出来るもんばっかりやとか。ソラもういろんな学校の学生が集まって来ておっ た。そんな下宿屋のひとつに東北地方から来た学生ばっかりが寄りよる下宿屋があってのう」 辰「なるほど。やってることが一緒やとか、出身が一緒やったら東京へ出て来ても心強いわな」 隠「そういうことですナ。そんなトコは便所も炊事場も共同やったから、文字通り同じ釜のメ シを食べた仲間、ということですナ」 繁「ご隠居はん、その東北の学生さんが大学イモと何か関係おましたか」 隠「はあ。丁度わてと一緒にドイツ語の教室に通よてたお方がおって、その人が仙台やったか、 東北からの学生はんでその下宿屋に居住まいしてやったワケですナ。ほんでその下宿屋へ遊 びにか用事かで行た時に、初めてその大学イモを食べましたんやナ」 辰「ご隠居、その初めて食べた大学イモはどないでしたか。旨かったか」 隠「旨いとか旨ないとかというよりも、その甘さに驚いて泪が出ましたナ。とにかくその蜜の 甘さにびっくりしたワケです。その時代はまだそんな時でしたナ」 繁「そうすると、その東北からの学生はん達が、大学イモを作っておられたんでっか」 隠「いや、うぅん、そうそう、確かそん時にその菓子の話をその友人に聞いたのじゃ。。あの 東大に赤門がありますな」 繁「わしら学がないけれども、赤門は聞いたことあります。なぁ辰」 辰「な、なんだすか」 繁「いや、なんだすかやあらへんがな。赤門やがな」 辰「あぁ、はいはい」 繁「何や、知らんと思たら、お前知ってるんかいな」 辰「アレ白いのんは大きい凧に乗りまんな」 繁「そう、白影役は牧冬吉がやっとったな。。アホお前それ赤影と間違うてるやろ」 辰「違うんか」 繁「違うわ。東京大学に赤いレンガの門があって、それを赤門と呼ぶんや」 辰「へぇ、おしいナ」 繁「おしないわ!ほんでご隠居はん、赤門がどうなさったんで」 隠「うん、その赤門の前に『三河屋』という氷屋はんがあってナ。どういう関係か分からんね んけども、その東北からの学生はんがようそこへ出入りしてタムロしてはったんじゃナ」 繁「ほぅお、氷屋さんて何か偉いハイカラでんな」 隠「そうそう、当時は氷も一種の貴重品でナ、その店も魚屋はんに使う様な、色んなもんを冷 やす、何十貫と云うような大きい氷も売ってたし、引っかき氷も売ってはったワケやナ」 辰「ご隠居、なんでんねんその引っかき氷て。氷持っておなごでもナンパしまんのんか」 隠「いやいやそうじゃない。まあ今で云うたら普通のかき氷や。余分の氷をノミで引っかいて 蜜をかけて売ったはったんやナ」 辰「なるほど、ノミで引っかくから引っかき氷でっか」 隠「そうやナ。氷かきの名人級になるとナ、大工の棟梁がカンナで木を削るみたいに、シュウっ と薄ぅく長ぁく氷が削れるのじゃ。キラキラとな、そら見事に綺麗なもんやったナ」 繁「それは凄い手業(てわざ)ですなあ。わしらでもアイスペット位までは知ってますけども、 そういうのは見たことない。そんでその三河屋はんがどうされましたか」 隠「うん、まあ氷は貴重品や云うても、要るのは夏場が中心でナ。冬場なんかは業務用のんが ちょぼっと売れる程度で、商売がヒマになるのやナ」 辰「そら、冬場に氷はあんまり見たあないもんなぁ、繁やん」 繁「そうやな。しかしアイスクリームなんてものは、ホンマは冬に食べるもんらしいけどもな」 辰「そうなんだっか。わいは冬はコタツでぜんざいと熱燗がええわ」 繁「けったいな取り合わせやな。ご隠居はん、そんでその三河屋さんがどないなりましてん」 隠「そうやな。冬場に氷が売れへんところへ、いつもの様に東北出身の学生達がわあわあ云う て寄ってたんやと思うわ。まあ赤門の前やし、普段から待ち合わせとかそういう場所になっ とったんと違うか。わては前を通って夏場に引っかき氷を買う位で、入ったことあらしまへ んかったけども」 繁「学生はそんなトコでノートの貸し借りやら、試験の作戦会議やら、ダンス会の企画やらを するもんですな」 隠「そうそう、そんな場所がどの学生にも有った。ほんでその三河屋はんが冬に売るものを思 案してはった時に、東北の学生が、サツマイモを揚げたんに飴をカラメたおやつの話をした そうや」 辰「東北では昔から大学イモを食べてた、とこういう話でしたんか」 隠「東北の全部ではないと思うけども、あの辺のどっかの地方で、そういう食べ方をしてた様 やな。その学生が子ども時分におやつとして食べとったんを思い出したらしい。もちろん向 こうでは何か違う名前でもついとったんやとは思うけども。まあ、寒いトコやし、乾きかけ たイモがあったんで揚げてみたら旨かった、ということやないかなとは思うねんけどもな」 辰「確かに、できたては、水につけて食べる位熱いもんやから、身体もぬくもったんやろな」 隠「そうじゃな。そんで、三河屋はんでは、引っかき氷に使うてた砂糖なんかで蜜も出来るし、 その話を聞いてすぐにそれを作ってみたんとちがうか」 繁「なるほど、その店が氷屋やなかったら、その菓子をすぐに作ってみることはでけへんかっ たんかも知れんねんな」 隠「そうやナ。そうかも知れんナ。歴史というもんはたどっていくと、こういう風にナカナカ 発見がおますナ」 辰「ほんまやな!それをそこで作ってなかったら、大学イモは今頃『東北イモ』て呼ばれてた んかもしれんな!」 繁「いや、そんな名前には絶対なってへんとは思うけどもな。。ご隠居はんの云う通り、場合 によってはきちんと振り返るということが大事な時もあるなぁ。そんでどうなりました」 隠「それで、この菓子は身体もあったまるし、揚げてあるから栄養価、滋養(じよう)も高い し、何より甘いということがあって、売り出したとたんに飛ぶようによう売れたのじゃナ」 繁「東京の学生はんにとっては、カロリーもあるし、ちょっとした驚きのハイカラな味やった んでしょうなぁ」 隠「まあまあそうじゃな。そんで、大学の学者先生やら、学生やらがこぞって買う様になって、 いつの間にか大学イモという名で呼ばれる様になったんとちゃうのかなぁ」 繁「なるほど!今ぱらぱらとこの本を見たら、今ご隠居はんが云われたことと同じ様に書いて ありましたわ。いや、ご隠居はんえらいええ勉強させてもらいましたわ。なあ、辰、これで スッキリと分かったな、おい、分かったんやろ」 辰「赤門の・・・三河屋に・・学生・・・やな・・・わかったわかった、ご隠居はんサンキュ 恩にきます。ほな早速帰って嬶ぁに云うてきますわ!ほなな、ぴゅっ!」 繁「去(い)によった。相変わらずせわしない奴っちゃで。『わかったわかった』と、こう繰 り返す奴にわかったためしがないねん、なあご隠居」 隠「そうじゃな、ちょっと心配じゃナ」 繁「アホが戻ってきよりましたで」 辰「おうい、はあはあ、あの、岬の灯台の黒門市場の横のミカン屋の話でおうてるか。いや、 途中まで行たんやけどな、ちょっと確認なんやけどな」 繁「ようそんなうまいこと無茶苦茶間違えられんな。。東大の赤門前の氷屋の三河屋や」 辰「わかったわかった!ほなな」 繁「また去によったで。ほんでまた戻ってきよった」 辰「繁や~ん、おーい!頼もう!おーい。はあはあ、また途中まで行て引き返してきたんやけ どな、その三河屋に冬の東北から学生がサツマイモを売りつけにきよってんな」 繁「ちゃうわ!冬に売るもんがないから、東北から来た学生にイモの菓子の作り方を教えても ろたんじゃ」 辰「わぁーった!ほな!」 繁「あいつどんな頭の構造しとんねんやろなあ。普通に覚える方が簡単やと思うねんけどなあ。 あれはあれで一種の特殊能力やで。ご隠居はん、あいつおそらく最低あと一回は戻ってきよ りまっせ」 辰「繁やーん。はあっはあっ。ほんでっ?」 繁「なにが、ほんでやねん」 辰「ほんで続きはなんやった?」 繁「あほ、忘れてんやったらちゃんとさっきに全部聞いて行け。その続きはな、それで作った ら、甘いしカロリーがあって滋養(じよう)が高いから学生はんやら学者先生によう受けて 流行(はや)ったから大学イモ、ちゅうようになった、ちゅう話や。なあご隠居」 辰「わぁーった!ほな!」 繁「ほんま、せわしない奴っちゃで。。」 辰「おうい、繁やーん、甘ーいセロリ食べて痔ぃになってんな?」 繁「甘いしカロリーがあって滋養も高い、や」 辰「せやった、せやった、ほな!」 繁「あいつ気ぃはええ奴やねんけども、ほんませわしないイラチやで」 辰「おうい、繁やん、悪いけど最初っからもう一回頼むわ」 繁(笑って)「最初てどっからや」 辰「あの、ご隠居が上京しなはった辺りから」 繁「それは、一番はじめのとこやないか!お前の覚えも悪いけど、ほんでお前なんでもええけ ど何回も何回もなんでそんなに掘り下げんねん」 辰「そやろ、イモは掘らんと出てきません」 (終) (落案) 【1】 繁「お前何でもええけど、なんで全然覚えられへんねん」 辰「そやかてわいにはやっぱり大学関係は覚えられません」 【2】 繁「どうでもええけど、お前偉い精が出るなぁ」 辰「はあ、大学イモは屁ぇが出ます」 【3】 繁「お前なんでそんなに色々と聞き出すねん」 辰「いやあ、イモはやっぱり掘り出さんといけません」 【4】 繁「お前、何で傘が要んねん」 辰「いや、大学イモにはアメがつきもんです」 【5】 繁「それは、一番はじめのとこやないか!」 わあわあ云うております。大学芋の一席でございます。 辰「おうい、繁や~ん。はあはあ。よう考えたらわい大学イモの由来を訊ねにきたんやったな。 走りながらな、なんやこのまま帰ったんではアカンという何かイヤ~な感じがしたんでな、 よお考えたら大学イモの一件を繁やんに聞きわすれてるがな」 繁「そんなもんよう考えんでも分かるやろ。大学イモの一件、てそう大層に云いな。ほたらお せぇたるわ。あのぉ戦前にな、東大の前に「三河屋」という氷屋があったんや」 辰「あんな人のおらんとこに氷屋があったんか。あんな岬の先っぽに」 繁「アホ、それはもと暗しの灯台じや。わしの云うてるのは一高・東京大学のことや。戦前に あの有名な赤門の前に三河屋っちゅう店があったんじゃ。ほんで氷屋やから冬場に売るもん がなかって困っておった時期があったそうな。ほんでたまたまその店の客に東北地方出身の 学生はんがおって、その学生はんに子どもの時分に食べたサツマイモの菓子の話を聞いて、 作って売り始めたんや。あれはイモを揚げて蜜にからめるやろ。カロリーがあって滋養(じ よう)が高まるし、甘い味がよお受けたんや。ほんであっという間にほかの学生はんやら学 者先生やらが競って買うようになってな、いつのまにやら「大学芋」っちゅう名前で広まっ て現在に至る、ちゅうこっちゃ。わかったか」 辰「ほぇーっ。そうやったんか。わかったわかった、繁やんサンキュ恩にきます。ほな帰って かかに云うてきますわ!ほなな、ぴゅっ!」 繁「相変わらずせわしない奴っちゃで。『わかったわかった』と、こう繰り返す奴にわかった ためしがないねん」 辰「おうい、繁や~ん。はあはあ、あの、岬の灯台の黒門市場の横のミカン屋の話でおうてる か。いや、途中まで行たんやけどな、ちょっと確認なんやけどな」 繁「ようそんなうまいこと無茶苦茶間違えられんな。。東大の赤門前の氷屋の三河屋や」 辰「わかった!ほなな、ぴゅう」 繁「また行きよったで、おそらく最低あと一回は戻ってきよんで。。」 辰「繁や~ん、おーい!頼もう!おーい。はあはあ、リクエストにお答えしてまた途中まで行 て引き返してきたんやけどな、その三河屋に冬の東北から学生がサツマイモを売りつけにき よってんな」 繁「ちゃうわ!冬に売るもんがないから、東北から来た学生にイモの菓子の作り方を教えても ろたんじゃ」 辰「わぁーった!ほな!」 繁「あいつどんな頭の構造しとんねんやろなあ。普通に覚える方が簡単やと思うねんけどなあ。 あれはあれで一種の特殊能力やで」 辰「繁やーん。はあっはあっ。ほんでっ?」 繁「なにが、ほんでやねん」 辰「ほんで続きはなんやった?」 繁「あほ、忘れてんやったらちゃんとさっきに全部聞いて行け。その続きはな、それで作った ら、甘いしカロリーがあって滋養(じよう)が高いから学生はんやら学者先生によう受けて 流行(はや)ったから大学イモ、ちゅうようになった、ちゅう話や」 辰「わぁーった!ほな!」 繁「ほんま、せわしない奴っちゃで。。」 辰「おうい、繁やーん、甘ーいセロリ食べて痔ぃになってんな?」 繁「甘いしカロリーがあって滋養も高い、や」 辰「せやった、せやった、ほな!」 繁「あいつ気ぃはええ奴やねんけども、ほんませわしないイラチやで」 辰「おうい、繁やん、悪いけど最初っからもう一回頼むわ」 繁(笑って)「最初てどっからや」 辰「あの、東大のとこから」
繁「一番はじめやないか!まあ、何回でも云うたる。けどお前熱心やなあ。なんで大学イモに そんなに熱心やねん」 辰「いや、相手は大学イモやろ、大学イモはな、粘りが肝心です」 (終)
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