契約書ひな型を作成する意義・再考

【この記事は法務系 Advent Calendar 2023 (表)における11日目のエントリーです。HPさんにバトンをつないで頂きました。】


はじめに

誰が言ったか「アウトプットしないのは知的な便秘」という言葉がありますが、結局、今年も1年ぶりの更新になってしまいました。
この1年間では、法務・コンプライアンス部門「以外」の仕事が過半を占めるようになったり、所属先が親子上場のまま子会社化されたりと、インハウスとしてのポジションから一歩離れて法務という仕事を見る良い機会となりました。

今年は、現職に移ってから3年をかけて行った社内契約書ひな型の大改訂のことを、例によって散文的に書き散らかしておこうと思います。いつもよりはライトな仕上がりです。

契約書の役割

契約書の機能とは何かというと、多くの契約レビューを解説する実務書には、往々にして「将来の紛争予防」という言葉が出てきます。確かに、契約上で当事者の権利義務関係が明確に定められている場合、多くのケースで紛争の発生を予防できることは事実です。
しかし、実際に重要なのは、まずは「これは何の取引か」と言うことです。

約因という考え方

契約レビューというと、どうしても一般条項を含めて、法的にテクニカルな論点が出てきがちですが、まずは、何よりも素朴な取引行為として「何と何を交換している」取引なのかを正確に把握し、それを契約書面に反映することが重要です。
英文契約であれば、前文に各当事者が何を企図して取引行為に入ろうとしているかが簡潔に記載されますし、契約の執行可能性の前提として、このような価値の交換の約束(約因)があるかどうかは極めて重要視されますが、日本法下ではあまりここが明確には可視化されにくい傾向があります。
社内で長年修正が重ねられた契約書、特に汎用的な「取引基本契約書」や「業務委託契約書」などは、契約書から取引の基本的な内容が読み取れなくなってしまっていることが多くあり、注意が必要です。

典型契約などの契約分類

例えば、私の所属先では、顧客の要望に応じた分析データを作成し、提供するという事業があります。このとき、この取引において顧客は、データの分析や作成という役務に対してお金を払っているのか、結果として提供されるデータに対してお金を払っているのかで、取引の法的性質や会計上の取扱いが変わります。
成果物の知的財産権の取扱いや成果物の契約不適合責任などを手当てすれば、どちらの整理でも概ね似たような条項になることもありますが、それでも自分たちがどちらのビジネスをしているのかという認識は、経営観点では極めて重要視されます。特に、実態と形式がかい離している場合、会計や税務上の評価では当然実態が優先されるので、契約から読み取ることのできる基本的な取引の骨子と実態がかい離することは、想定外の財務リスクを生じさせるおそれもあります

売上と利益

次に、事業部側が認識している売上や利益に対するインパクトを正しく理解する必要があります。

例えば、代理店契約と卸契約の差を法務的に応えると、在庫リスクの所在や顧客への直接の契約責任の話になりがちですが、いずれの契約を選択するかの点でより事業上重要なのは売上がどの数字に対して立つかです。
利益が同じであっても、卸契約であれば最終顧客への販売価格全額が売上になりますが、代理店契約では手数料だけが売上になります。利益は同じであっても、投資家からは全く違う数字になるのです。
ここも、事業部側の期待に添えない契約類型を専ら法務観点のリスクのみで判断してはいけない部分になります。

契約の主要部以外の条項と価格

最後に、契約の主要部である約因相当の要素「以外」の要素の話をします。

私この主要な要素以外の、往々にして法務部門にお任せになっている条項について、私はいつも会社が損をしているのではないかと思っていました。それは、この法務部門間で契約交渉をしている条項の内容も、リスク取引の一種であり、経済的には価格がつくものだからです。

例えば、損害賠償の定めについて、責任範囲を「故意過失」から「故意重過失」に狭めるのか、上限額を設けるのかなどは典型的な交渉になりますが、その結果が取引価格に反映されるケースに、私はこれまであまり出会えませんでした。
しかし、本来はあるリスクを負うのであれば、それに対応するだけのリスク低減措置やリスク転嫁のための付保などのコストが生ずるはずであり、賠償責任の異なる顧客間で価格が同じというのはフェアではありません

そこで、今の職場でのひな型見直しでは、できる限り、典型的に交渉対象となる一般条項には、原則、予め譲歩案に価格をつけるという運用を始めました。
わかりやすい例では、自社の責任範囲を拡大する修正について、予めオプション条項として価格表に載せ(例:総価格の+0.X%等)、責任を引き受ける場合は値上げになるという意識を事業部側にも顧客側にも持って貰うということを推進しました。
これによって、契約交渉では、顧客の事業部・法務部門間でしっかり議論して貰えるようになりますし、自社の事業部でも値上げせずにリスク引受をする行為が「値引き」であると考えて頂けるようになりました。

結論から言えば、あまり自社に有利な値上げや値下げはまだできていないんですが(苦笑)、各条項の意味をしっかり事業部側と共有するためには、価格へ落とし込むというプロセスに法務部門が関与することが大事だと思います。

それでは、良いクリスマスを。
(クリスマスプレゼントに電化製品を送ってしまう民のクリスマスソングを添えて)

【この記事は法務系 Advent Calendar 2023 (表)における11日目のエントリーでした。次は、法務のいいださんにバトンをつなぎます!】

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