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南コースの見どころ②|生きる庄方用水

鉄砲町の裏側には、庄方用水がサラサラと流れています。
そしてなんと、写真にも写っていますがここ一帯には鯉も泳いでいるのです。
近くに掲げられている看板を読んでみると、「鯉を守る会」という団体でお世話をしているそうです。昔からこの水路への愛着があったことが感じられます。

庄方用水は農業用水路として使用されており、その上流を辿ると北般若地区周辺を水源とする十七ヵ用水まで遡るようです(高岡市史より)。
十七ヵ用水は、かつての17ヶ村、約690haという広大な土地を灌漑していたことから名付けられており、高岡の農業を支える重要な水路であったと言えます。そのため、ところどころで分水工(※水路の分岐点のこと)が見られ、迷路のように分岐していく景色は見ていて飽きません。

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↑樋詰分水工の様子

その中でも京田(新高岡駅周辺)のあたりの分水工で、庄方用水、国方用水、中方用水の三つに分岐します。分岐した庄方用水は、瑞龍寺の前を通り、あいの風富山鉄道の下をくぐり抜け、白金町へ到着します。

また、この庄方用水は単なる農業用として使われていただけでなく、
・城下町時代は外堀としての役割
・昭和期になると夜市などの市場の開催場所としての役割
など、時代とともに役割を変えながら市民の暮らしに寄り添ってきたそうです。
そんな水路も、戦後の自動車社会化に伴い暗渠化され、まちなかでは見られなくなってしまいました。

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↑昭和20年代の片原町(高岡開町370年・市制施行90周年記念写真集,1979年)

何気なく歩く道も、その下には暗渠になった水路が脈々と流れていると注目しながら歩いてみると、また変わって見えるかもしれません。

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