今夜は薔薇を買って

16

部活をサボった男子高校生二人は目的地の駅に着き電車から降りた。「そこそこ学校で単位修得さえしていれば適当に過ごせるよな」と一緒にホームを歩いていた高梨に向かって雅史は言った。「但し頭悪かったら色々大変じゃね?」「だよねー」ぶっははとふざけながら銀座メトロの改札にタッチして二人同時に出た。「母親がさ」雅史は伸びてきた前髪を息でふーっとあげて息を吸った。「女の子と付き合ってるの?って聞いてくるの最近多いんだけどさ。」「今更?」「そう今更」「そんで?」「失敗すんなって言いたいんだろうけどさ」「あーハイハイ。避妊ちゃんとしてるかどうかって話ね?」高梨の脇腹を右手をグーにして突いた。「いってぇ。マイちゃん力強すぎ。俺もやしっこだから手加減してよね?」高梨は大げさに体を捩り情けない顔をわざと作った。もやしっこと自称する割に高梨は通り過ぎる人達の視線を奪っていく。長く細い四肢、四角い肩幅、細すぎない首に綺麗な襟足、大きな目に長い睫。低い声からは笑い声も魅力的に聴こえてくる。中学一年生の時、同じクラスで隣の席になってなかったから友達になっていなかったタイプだと雅史は今も思っている。「マイちゃん西女のあの子その後どうなったのよ?」自分から振ったとは言えその話題を出されて雅史は「あーノーコメントでお願いします」と返した。なんだよと笑いながら高梨はまた合コンあったら良い子紹介するよと言った。「はー俺も高梨みたいにイケメンに生まれたかったよ」雅史はショーウィンドウに映る二人の歩き姿を横目で見ながらそう言った。「マイちゃんはちゃんと魅力あるよ。出し方知らないだけ。」スマフォを取り出し弄りながら高梨は言う。「童貞か非童貞か。付き合った人数が多いのか少ないのか。そうじゃないと思うよ。それも要素としては含まれるかもだけどそうじゃない。」そう言いながらも両手じゃ足りないほど付き合った女の子が居る高梨に言われても納得できないと雅史は思った。「んじゃ俺の魅力はどうやって出せばいいんだ?」高梨は左目でちらりと雅史を見ながら「だからこれから引き出されに行くんだろ?兄に任せれば大丈夫だよ」とにっこり笑った。

17歳の誕生日にスーツが欲しいと母親にねだった。冠婚葬祭はまだ制服で大丈夫だが18になる前にちゃんとした場所でも着られるスーツが欲しかった。安っぽいやつじゃなくちゃんとした、所謂ブランド物の。母親はてっきりパソコンやスマフォやゲーム類やタブレットとかそういった物を買い換えるの物だろうとばかり思っていたのでてっきり彼女でも出来たのかと思った。

大きな扉を開けて良い香りが充満しているフロアを通り抜けてエレベーターに乗った。「さっき兄にメールしといたよ。大丈夫。気に入るもの無くても試着しまくろうね。」トンと綺麗な細長い白い人差し指で8Fのボタンを押した。

「いらっしゃいませ」黒いシャツとブラックタイ。背の高い細身の男が斜め前から挨拶してきた。おののいてしまった雅史の腰をポンと叩き、「伸兄、こちら今井雅史さん。同じ高校の友達。彼に似合うカッコイイスーツ試させてください。」とペコリ頭を下げた。「よろしくお願いします」雅史も頭を下げた。「いつも弟がお世話になってます。こちらこそ宜しくお願いします高梨です。まずはサイズ測ってから自分の好きなタイプのスーツ探しましょうか」品の良い低い声と滑らかな口調。黒く大きな目と長い睫。形の良い喉仏。兄妹揃って美形なんだなと、弟の克行の顔を思い出しゲンナリした。「すみません先にいらっしゃってるお客様をお待たせしているので弟と色々見ててくださいね。」高梨は一礼して踵を返した。雅史は「なあ、高梨の兄さんなんかカッコイイよな?俺もああいうの着てみたい」と高梨に小声で言った。いたずらっこそうな顔を雅史に近づけて「マイちゃん兄貴はああみえてね・・・」と高梨が声をひそめて話し始めるのを遮るかのように「また来ますね。いつもどうもありがとう。」と聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。目線を声の先に移すとそこには叔父の妻が居た。思わず「瞳さん?」と声を掛けた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?