今夜は薔薇を買って

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頬杖をつきながら窓ガラスにたらたらとぶつかっては落ちていく雨を眺めている。上から下に流れてまた上から下に流れていく雨。熱い珈琲がいつの間にか冷たくなっている事に気がつかずただ窓をつたう雨を眺めていた。「もう五日目か」誰も居ない部屋で独り呟く。

雨。雨はいつも何かを気づかせてくれる。自分が大事にしてたもの、自分を大事にしてくれたもの。自分に足りていたもの、自分に足りなかったもの。自分が欲しかったもの、自分から去ったもの。

ルルルル。電話が鳴る。数回鳴ると自動録音に変わった。「ピーー・・・もしもし。鈴木です。お疲れ様です。えーと今週は有給という形で処理していますが連続七日以上になりますと病院からの診断書を提示して貰う形となります。風邪が悪化しているようでしたらお大事になさってください。折り返しの電話は不要です。出勤の目処が立ち次第またお電話ください。それでは失礼します。」

五日前に着たスーツ、五日前に履いた靴、五日前にあの人から貰った電話、五日前に、五日前に戻りたい。あの日の午後も雨だった。

雨がつたって行くフロントガラスが綺麗だなって二人の後ろから眺めていた。二人がキスするまでぼんやり眺めていた。酔って寝込んだ振りしてずっと見てた。

帰りのホーム電車が来るまで我慢した。坂下が反対方向の電車に乗るのが先で私の方なんか碌に見て無かった。そう、いつも見てなかった。見られてなくても私は好きだった。私が待つ電車がやってきて乗った瞬間涙が止まらなかった。坂下を乗せた電車は既にホームから走り去っていた。

毎日あの日の事を思い出しては泣いて、泣き疲れてそのまま眠り、起きてまた泣いてとうとう五日目だ。もう疲れた。死のう。恋愛だの結婚だの疲れた。死のう。電話が来るのは会社だけだ。私を必要としてくれる人なんか居ないし掛けてきて欲しい人からの電話待つの疲れた。首にタオルを巻きつけカーテンレールの端にくくりつけた瞬間ルルルと電話が鳴った。


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