知っていること

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森下勝です。こちらは妻の芙美子です。川村静さんが亡くなった時の事はもう何遍も証言しました。もう一度話せと言われたら話しますけどあれは事故なんです。二十年以上も前の事ですが細部まで覚えています。何度も何度も話しましたから。

あの日の放課後私は忠明と真琴をサッカーに誘いました。親から買って貰った新品のボールだったので早くその新しいボールで遊びたかった。忠明は嬉しそうに校庭に先に行ってると言い残し教室から出て行きました。真琴は理科室で居残り勉強をしていましたので「終わったら校庭で遊ぼう」と声を掛けて私は出て行きました。階段を下りる手前の廊下で静が私に「美子ちゃんが持っていた写真が無いの」と聞いてきました。その日のゴミ当番は私でしたので「真奈美の父ちゃんに纏めてゴミはもう出した」と伝えました。静は「あの中に写真があるかもしれない」と血相変えて用務員室に行きました。

美子の父親は病気で亡くなって遺品はその後の火事で全部燃えて無くなっていましたが、一枚だけ後藤先生が持っていた家族写真があったんです。それをその日の午前中、二時間目が終わった休み時間に美子が嬉しそうに「これが私のお父さんだよ」って皆に見せてくれてたんです。全校生徒、と言っては少ない人数ですが皆、「ああこの人が静と真琴の母ちゃんと」と思っては口には出さずに「そうなんだ」とか「かっこいいね」とかまあ当たり障りの無い感想を言ってその場を終えたんです。美子はこっそり後藤先生のカバンの底から持ち出してきた事を明かしました。その時私は、静と真琴の顔をちゃんと見る事は出来ませんでした。

昼休みの時間、三人で校庭に向かう途中廊下で真琴が「知っていることは知らないとこより悲しいし腹が立つ。知らないほうが良かった。」と私と忠明に言いました。私はどう真琴に返事をすれば良いのか分かりませんでした。

静は美子が持っていた写真が焼却炉の中にあると思ったんでしょう。四角い箱の奥まで身を乗り出してまだ全部焼かれていない紙くずを手で掻き分けて探して、もっと奥に入り込んだとき、静の髪に飾られていた長い白いリボンが焼却炉の取っ手に絡まり、絡んだと同時に扉は勢いよく閉まり静はその反動で焼却炉の中に

すみません。はい、大丈夫です。静が焼却炉に完全に入り込む瞬間を見てはいませんが焼却炉の取っ手には静の白いリボンが絡まっていました。もう焼けて大分経った後で、長い時間校庭にやって来ない真琴を迎えに行こうと階段を登る手前で段差に座ってる美子を見つけました。正面にある焼却炉を見つめながら彼女はお漏らしをしてました。

きっと・・・静は真琴が写真を捨てたんじゃないのかと思って必死に探してたんだと思います。川村家を滅茶苦茶にしてさっさと死んだ男ですし、まあ腹が立って写真を捨てても不思議じゃないと思ってます。ただ静は、静は違っていました。美子の事を本当に良く面倒見ていたし、壊れ物を扱うように大切にしていました。憎んでも良さそうなのにと、静の態度を毎日見ながら私は思ってました。優しいとかそういうんじゃなかったような気がします。

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