今夜は薔薇を買って

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ふぅうん。なかなかええうちやないの。こりゃ旦那の稼ぎだけやおまへんな。おおかた・・・せやな嫁サイドが持ってんのとちゃいますかいの。結婚したのが33歳、そこから35年ローン組んだとして月10万超えのボーナス倍額からの頭金ときて・・・・いやいやいや無理目でっしゃろなんぼなんでも土地込みでリーマンが買える匂いがあらしまへんわ~ないわ~。てかたっかい生命保険でも入ってるんですかいのぉぉぉっほほほほ   

「野村さんは何になさいます?」と声を掛けられ慌てて「はぁいぃ?」と妙な声を出してしまい瞳以外の二人、坂下と直樹はブッと吹いてしまった。真っ赤になった紗江子は「すみませぇんあんまり素敵なおうちで見惚れてしまってぼんやりしてましたぁ」と力の限り100%ぶりっこをやって見せた。そんな紗江子をやはり可愛いと直樹はテーブルを挟んで再確認した。

紗江子は生まれも育ちも大阪梅田の出身、実家はたこ焼屋のひとり娘として可愛がられて育った。中学一年生まではそれはそれは可愛らしい三つ編みのお下げが似合う少女だった。が、中学二年生の夏休みに地元の先輩に誘われ夜のクラブデビューを果たし地元のヤンキー連合に入り、髪の毛を真っ赤にし化粧を覚え始めた。外泊が頻繁になり、父親の正二郎に「家の手伝いもせんと遊んでばかりの馬鹿娘」と罵られ殴られ不仲になり、コンビニで万引きし店主に見つかり通報されてしまった。この時紗江子は警察に連行されそうになり「これはあかん」と思い、人目をはばからず大泣きし「堪忍してぇや堪忍してぇや貧乏がこうさせたんやぁぁ」と焼酎霧島720ml瓶を両手で掲げライオンキングの有名なあの場面のように感情を込めレジ前の大福とドラ焼きが並ぶ前で叫び嗚咽した。紗江子の涙が自由に出せるようになったのはこの頃からだった。そしてなりふり構わず切り抜けるのは藤山寛美の芝居だと悟った。見事店主の心を掴み二度と万引きはしないという約束でその場で許しを得たのである。

「ええっと・・・じゃあ亮平さんと同じものをお願いします。」と瞳に言った。亮平とは坂下の名前である。坂下が露骨に嫌な顔をした事を紗江子は気が付かず、直樹は坂下のその表情から全てを読み取った。「よし、これで結婚は無いな。」と確信した直樹は「おい瞳、早く野村くんにワインを注いでやれよ」と邪険な物の言い方をしせっついた。瞳は「ごめんなさい。今すぐ」とボトルを両手で持ち上げると「瞳さん、僕がやりますから」と坂下が右手を差し出した。瞳の両手が坂下の右手だけで覆われる瞬間に紗江子が素早くカットインし「奥様大丈夫ですからぁ」と半ば強引にボトルをもぎ取り坂下に手渡し「お願い」とウィンクした。

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