今夜は薔薇を買って

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なんやこの展開。紗江子はスカートの腿のあたりをぎゅっと掴んだ。折角の結婚式の打ち合わせ、折角のスーツ、折角の私の、私の未来の夫は私を無視しているし、本日の主役はこの私やろ?なのになんやねんけったくそ悪いわ。なにを言い争ってんねん。あほちゃうか。そんなんどうでもええ話しにきたんやないで。わざわざオーダーメイドで作らせたスーツと海外から取り寄せた靴が無駄になるわい。目の前の男女三角形状態から爪弾きされた透明人間紗江子と名付けられても今ならその通り、ああその通りだわ。ワインの残りをぐっと飲み干し涙を出す準備をした。なめたらあかんで。

「お式の相談にいらしたのに夫婦喧嘩になるなんてお恥ずかしい。そうなる前にこの話はもうお仕舞いにしましょう。続きは夫と私だけの時間で話し合いますから。ごめんなさいね。野村さんご気分悪くなされたかと思います。本当にごめんなさいね。」さっとハンカチを取り出し紗江子に渡した。紗江子が泣き喚めくのを封じ込めたように見えた。坂下は瞳の従順そうで実は気が強い、頭の回転が速い人だと感嘆した。そしてこの人は見抜いている。紗江子という女の中身をたった数分ここで過ごしただけで見抜いていると感じた。現に紗江子は泣き出すタイミングを失い半開きの口を閉じれないままハンカチを握ってこっちを見ている。

「結婚したら色んな事があると思うんですのよ。良い事もあれば勿論悪いこともある。相性もあると思うけど一度この人と決めたらどこまで寄り添って生活していけるかそれも面白いものだと思っているんですの。あまり良いお手本じゃないかもしれないけど、たまには本音で話すことも必要だと思うんです。そろそろ本題に入りませんか?お式の打ち合わせやその他細かいこととか。ああそれよりお祝いが先ですわよね。とっておきのワイン用意しましたから。あなた、これ開けてくださる?」ひょいとオープナーを渡された直樹は「ああ・・」としか答えられずひたすらコルクをくるくる回した。言葉が出てこなかったのだ。瞳の滑らかな言葉や立ち振る舞いを見て。

「奥様素晴らしいです!」紗江子が待っていた式の話になったので満面の笑みを称えて瞳の右手を両手で握った。「私、幸せになりたいんです。坂下さんと付き合って四年、もうこんな人と巡り会えないと思ってます。私には勿体無い人だと分かってます。でもっでも私、この人とじゃなきゃ嫌なんです。結婚するなら亮平さんとじゃなきゃ・・・!媒酌人よろしくお願いします。」ぽろりと紗江子は両目から涙を流した。先ほど流そうとした涙が溜まって自然と出たのだがそれを見た三人には必死さが何十倍にも見て取れた。「野村さん、きっと幸せになれますわ。こんなに素敵な方と巡り会えたのですから。坂下さんは女性が家庭に入っても敬意を持って自分の奥さんを大事にしてくれる人だと私は思いますよ。」紗江子は喜び、坂下は逃げ場を完全に失いかけていた。そして直樹はようやくボトルのコルクを引き抜いた。スポン。その音は滑稽で間の抜けた、そう、直樹をそのまま音にしたようなそんな感じだった。


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