今夜は薔薇を買って

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12階のレストラン街に出店している老舗のカフェでお茶をすることになった。俺の隣に高梨、テーブル挟んだ目の前に瞳さん。「高梨君は雅史君と同じクラスなの?」落ち着いた店内に流れるクラッシック音楽に瞳の声は丁度良く溶け込んでいる。「中学のころ隣の席だったんです。中一で話も合ってその流れで部活も一緒に入ろうって事になって今に至るって感じです。」「あら、それじゃあもう五年くらい仲良しなの?」「はい、仲良しです。」カフェオレが入っているカップの端を触りながら瞳は可笑しそうに笑った。なんだか他所で、いや思いもしないところで偶然に会うと感じが違うんだなと雅史は思った。叔父の妻、自分とは余り関わりの無い、でも常に関わり合う場に居る人、そんな人だった。それが一気に距離が縮まった、というか身近な近所に居るような隣のお姉さんのようなそんな気安さが漂っていた。思えば冠婚葬祭や食事会では会話した記憶が余り無い。「雅史さんは」瞳に話しかけられドキッとした。「なに?」慌てて返事した。「今日スーツ見にいらしたの?」「うん。そう。」偶然にも高梨の兄が働いている店で直樹のシャツやスーツやネクタイを買い求めている常連客だったというのはお茶が運ばれてくる前に聞いた話だ。「今年の誕生日はスーツが欲しいって言ったらママが」口に出して言った瞬間右手で口を押さえた。「母親が・・・・買って良いよって。」顔が熱くなった。気を許して出た言葉が「ママ」。死にたいと思った。「私も高校の時パパにねだった事あったわ。ピアス。でも耳に穴を開けるのとても嫌がってね。」瞳が懐かしそうに言った。「結局買って貰えなかったし、ピアスを着けるような歳になった頃にはもう亡くなっちゃったしね。」寂しそうに微笑みカフェオレをひとくち飲んだ。

飲みたくなかったけどブラック珈琲を高梨の真似をして頼んだ。苦い。砂糖を入れれば良かったのだけれども「やっぱ良い豆で挽いたのは香りも味も良いね」と高梨が言ってたので入れづらくなってしまったのだ。家ではコーヒー牛乳砂糖たっぷりしか飲まない雅史には香りも味もなんだかよく分からなかった。

「高梨君はどうして雅史君の事をマイちゃんって呼ぶの?」瞳はまだ知らされていなかったのだと雅史は感じた。「離婚したんですよ。親父の浮気で」SNSで高校時代の同級生と偶然再会し、久しぶりに逢おういう流れで家庭まで流れてしまった。気の強い母親は初めてバレた浮気を許せず即離婚に踏み切った。本当にショボイ家族。そしてこの事態を説明するのは端的で手短にとしている。「母が俺と弟の親権持つことになって、だから母方の苗字今井に今月から変わったんです。きっとうちの母親、見栄っ張りだからこの前の食事会で全然そんな事言わなかったでしょ」苦い珈琲を飲んだ。うん。苦いけどなんだか美味しい。

「そうだったの。ごめんなさい。直樹さん何も教えてくれないから。」瞳が申し訳なさそうに言った。「いえ、全然。寧ろ別れてくれたほうが生活しやすくなったというか。母親のキーキーがなくなったし。」肩をすくめてふざけた調子で言うと瞳は優しく微笑した。話を変えようと雅史は誕生日プレゼントの話題を蒸し返した。「ところで瞳さんは高校生の時の誕生日プレゼント何貰ったんですか?」「聞きたい?」「うん」「家よ」はっ?雅史と高梨は二人同時に声を出した。「今住んでるあの家、私が結婚する時に好きなように建ても良いよって、土地と建物代をプレゼントしてくれたの。」うおスゲエと小声で高梨がつぶやいた。酒が入るといつも母親から「瞳さんは社長の娘といっても大会社の令嬢でも無いからショボイお嬢様なのよ」と悪口を言って弟の嫁いびりをつまみにしていたのを思い出した。ママ、ショボイのは瞳さんじゃない、ママのほうだよ、と心の中でそう呟いた。

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