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「翔ぶ」

空は抜けるように青い。俺は寝転がって空を眺めながら考えていた。いつか飛び出していく世界を夢想しながら過ごした幼かったころのこと。仲間たちと享楽を貪っていた日々のこと、束の間の愛を交わした女のこと。。。

今、俺はひとり黙って空を眺めている。ああ、空はこんなにも高かったのだっけ。

ついこの前まで、俺にとってこの世は全て俺のものだった。俺は自由を満喫し、人生を謳歌していたそしてそれは終わることのないように思えていた。永遠などというものはないのだなんて考えもしなかった。俺は若く力強かった。

俺の体を風が撫でていく。あそこにあるあの雲、あれはなんという雲なのだろう。俺の見慣れた雲はひとつもない。いつの間にか季節が変わったのだろう。

木陰で愛を交わした女、あの女は今ごろどうしているのだろう。俺のことを思い出すことがあるのだろうか。

体に力が入らない。俺は俺の人生を思う。たぶんそれほど悪いものじゃなかった。昨日まではこうして人生に終わりがあるなんて思いもしなかったのに、不思議に今はとても静かな気持ちでいる。うん、それほど悪い人生じゃなかったさ。

そこに子どもに声が聞こえてきた。

「おかあさん、見て、セミが死んでるよ。」

子どもの手が俺に伸びてきたその瞬間、俺は最後の力を振り絞ってミミミッと盛大に鳴きながら空へと飛び立った。太陽に近づくために。

驚いて泣き出した子どもの声を聞きながら俺は翔ぶ、もっと、もっと、もっと。。。


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15年以上昔に書いたセミのおはなし。ちょうどそんなセミが転がっているのを見て思い出しました。

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