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お世話になっているみなさまへ。

 私事で恐縮ですが、転職・移住のご報告です。本来ならばおひとりおひとりに直接お会いしてお伝えすべきにも関わらず、このような形を採ったことをお詫びします。ごめんなさい。

1.会社、辞めます

 私、大沼健太郎は、株式会社野村総合研究所を退職することを決めました。
 2003年4月に入社して以来、17年間に渡ってお世話になってきましたが、2020年3月31日をもって、退職します。
 右も左も分かっておらず、そのくせに生意気だった私に(いや、過去形じゃなくて今もそうだな)、全力で付き合ってくださった・向き合ってくださった、お客さまや職場のみなさまには感謝しかありません。
 本当にありがとうございました。
 会社を嫌になって辞めるという訳ではまったくなく、むしろ私の我侭を受け入れてくださったことに深く感謝します。また、今回、この判断を下すにあたり、野村総合研究所はじめ多くの関係者のみなさまにご心配・ご迷惑をお掛けしましたことをお詫びします。
 この17年間、いろいろありました。大変だったし、つらかったことも正直あったけど、でもすっげー楽しかったです! 野村総合研究所っていい会社だと思います、ホントに。

【野村総合研究所が入ってるビル(でかい!)】

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2.町役場の職員になります

 じゃあ「なんで辞めるのよ」「辞めてどうすんのさ」という話になる訳ですが、2020年4月1日から熊本県益城町役場の職員になります。
 2016年4月に熊本で大きな地震があり、その年の6月から益城町役場に常駐して、復興計画の策定、仮設住宅での見守りに端を発した地域福祉の検討、住まい再建支援策の検討・実施、災害公営住宅の整備方針や入居前後支援策の検討・実施、震災当時の検証、次世代・全国への記憶の継承の検討、記録誌の作成等々、いろんな分野の事業に携わらせていただいてきました。

【2016年夏に体育館で開いた住民意見交換会】

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 仕事を通して、住民の方々や事業者の方々、町役場職員の方々、県はじめ関係機関の方々、地元の大学の先生方・学生さん方、先災地で復興に携わる方々…といった、益城を想い、全力で取り組んでいる多くの方々に、出逢うことができました。
 僕はもともと熊本には縁もゆかりもなかったんですが、役場常駐初日に樋口了一さんの曲がラジオから流れてきて、僕は以前から樋口さんのファンだったから、初めて聞く曲だったけどすぐに樋口さんの唄声だって分かって、すごく感動したことをよく覚えてます。

【熊本との運命を感じさせてくれた唄】

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 (狭義の)仕事だけじゃなくって、2018年7月に企画・実行に関わらせてもらった夏祭り「まぁっごスマイル!益城」は自分にとってめちゃくちゃ大きな存在で、これをきっかけにたくさんの大切な仲間たちに出逢うことができました。
 加えて、会員制お食事会、防災の勉強会、銭湯をめぐる会、ロアッソサポ、マッサージ屋さんやタクシーの運転手さん、小料理屋さんやお寿司屋さんやJazz Barの常連さんや店員さん、阿蘇で出逢ったふれあい通りの呑み友だち等々、いろんな場でいろんな人たちと出逢い、いろんな経験をする機会に恵まれて、そこからまたどんどん縁が拡がっていきました。
 熊本に来た時は37歳でしたが、この歳になって、しかも完全なアウェーである熊本で、100人を超える友だちができました。こんなことになるなんて、思ってもみなかった。ありがたい、幸せなことだとつくづく思います。

【転機となった、まぁっごスマイル!益城】

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【会員制お食事会(いつもご馳走さまです!)】

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 地元のことを大切に想う熱い人たちと出逢い、ここにいればいるほど、俺も益城を、熊本を、大好きになっていってしまいました。熊本から、益城から離れて暮らす・働く、というのは、今の俺にはもう想像できなくなってしまいましたこの地にいる人たちと一緒に生きていきたい、そう思ってしまいました。東京に戻ることをいろんな方々から期待いただいていることは重々承知していましたが、でもその選択肢は自分の中にはもうありませんでした。我侭言って申し訳なく思っています。
 俺はこの町が揺れたときには東京にいて、家族や家を喪った訳でもないし、揺れの怖さを知らないし、発災直後の1番大変だった時期も経験していないし、地元の人間でもないから、一生乗り越えることのできない壁みたいなものがあると思うけど、でもこの町が大好きです。
 で、公務員試験に合格しまして、益城町役場に採用いただきました。
 という訳で、4月から地方公務員になります。
 住民の方々の「あんなことやりたい」「こんなことやりたい」という想いを実現できるように、役場の中や地域の中を全力で奔走して、応援して、一緒に頑張ります。大好きな益城で俺が楽しく過ごすために、それこそが俺が1番したいことだし、俺にできることがあるはず、とも思ってます。
 ここ3年半は「役場にいる役場じゃない人」という不可思議かつ自由極まりない立場で走り回ってきましたが、これからは「役場にいる役場の人」として(心身ともに役場の中に閉じこもるつもりはないけど)、益城がもっともっとステキな町になるように、引き続き全力で走り回ります。

【TVでこんなこと言ってた(心底そう思う)】

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【いろいろやって盛り上げたい(テキ屋含む)】

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3.東京を卒業して、熊本に移住します

 なので当然のことですが、熊本県民になります。東京生まれ東京育ちで、ベルギーや三重や神奈川で暮らしたことはあるものの、熊本には縁もゆかりもなかった訳ですが、こんだけ濃ゆい関係を築くことができまして、これも何かの縁だし、人生楽しいのがいいし、好きな場所で好きな人たちと好きなことして暮らしたい! ということで、こういう判断に至りました。

【よく行くCAFE & BAR(でもなぜか中華)】

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 熊本で暮らそう、って決めたのは2019年2月でして(それよりだいぶ前から考えていたし、いろいろあってこのタイミングでの実現になりましたが)、「もうこっちに来なっせ、みんな待っとるけん」って大好きな兄貴分が唄ってくれて、そのストレートなメッセージは素直にすごくうれしくて、その翌日に益城の秋津川沿いを散歩してたときに、「俺、熊本で生きていこう」って思いました。いや、「俺、熊本で生きてくんだなあ」という方が正しいかな。そう思った瞬間のことは、なんかよく覚えてます。すっごく天気がよくて、冬なのにポカポカ陽気でした。
 転職とか移住なんてそれまで考えもしなかったけど、「すげー決断したなあ」と自分自身では微塵も思っておらず、腹括ったという感覚もまったくありません。自分の中ではごく自然な判断でして、「自然な判断」と思えること自体が幸せだなあ、俺は恵まれてるなあ、ありがたいなあ、と心底思っています。

【決めた日、決めた瞬間に見てた景色】

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4.今後もよろしくお願いします

 僕は仕事も私事も、本気で・全力で臨むことを誓います。感謝とリスペクトの気持ちを忘れず、僕は一生、益城町します
 最後に皆さんへのお願いです。
 これからは場所も立場も変わりますが、引き続きのご指導・ご鞭撻を何とぞよろしくお願いいたします。
 遊ぼーぜー!!!


【行ってきまーす!】

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【熊本いいとこよ、来てね!(これは阿蘇)】

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【熊本いいとこよ、来てね!(これは山鹿)】

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【熊本いいとこよ、来てね!(これは天草)】

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【熊本いいとこよ、来てね!(これは白川)】

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【熊本いいとこよ、来てね!(これは江津湖)】

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【復旧中の熊本城を見れるのは今だけ!】

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 これまで出逢ってくださったすべての方々に、最大の愛と感謝を込めて。
          2020年3月 大沼 健太郎

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