豆の木と罪深き小人
お題
「豆」
「罪」
聞いておくれ。
僕の不幸話を。
まずは朝。母の飼っている手乗りの小鳥が喧しく鳴くもので、予定より三時間も早く起きる羽目になった。睡眠時間は二時間。その後もあんまりけたたましいものだから、全く眠れなかった。
仕方なくリビングまで降りると、掃除婦の小人が、やたらにきらきらした眩しい粉をばら撒いて、「奥さま! 見てください!」と叫んでいるからうんざりした。そんな粉は何の役にも立ちません、その袋は小さいのに、どれだけ出てくるのですか。
適当にトーストをかじった後、スクーターに乗ってバイトに出かけると、雲で出来ている道路の流れが変わったのか、いつもの道が通行止になっていた。そんなこと知らなかった僕は、大遅刻。大目玉を食らう羽目になった。
ーーそんな今朝の現実が嫌になって、イヤホンを付けて聞いていたのは、お気に入りのアイドルの曲。インフルーインフルーと何のことだかは理解出来ないが、推している「ニマメん」が可愛いからそれでいい。「ツミコ」も好きだ。どちらも僕にとっては癒しだ。
彼女らの愛らしさにあてられて、僕は本日、最も大事な予定を忘れた。気が付いてすぐ、バイト先から転がり出て、スクーターに乗るもガス欠。スタンドまで押して歩き、ガソリンを入れて何とか会場に駆け付けたが、時既に遅し。
アイドルの握手会チケット抽選券はほとんど配られており、僕の手持ちの引換券の半分も使えなかった。CDを何枚買ったと思っているんだ。
抽選結果は見事なまでにはずれ。変なハープのフィギュアが当たっただけだった。ボタンを押すと、劣化した音声で彼女らの曲を歌う仕組みになっているらしい。何も嬉しくはない。
がっかりして家に帰ると、妙な匂いがして、掃除婦は妙にそわそわしていた。問い詰めると、料理に失敗したとかしていないとか。イライラしていた僕はつい怒鳴って、部屋に引きこもってしまった。
その夜、母が何かヒステリーを起こしていた。何でも、飼っていた小鳥がいなくなってしまったらしい。あんなにうるさい小鳥を誰が、と思ったが、「金の卵を産むのに」と母があんまりに悲しそうなので、探すことにした。
明くる朝はぐっすりと眠れたが、またあの妙な匂いがして、気分が悪くなった。掃除婦がきゃんきゃん吠えているので覗きに行くと、掃除婦と同サイズくらいの小人が、粉をばらまく袋を持って駆けていく所であった。唖然としていると、母が「白粉がなくなった!」と絹を裂くような声で泣き始めた。
あの小人が小鳥も連れて行ったに違いない、女の人を泣かせるとは罪深い奴だ、と憤慨した。それでも、しばらくは何もなく日々を過ごしていた。
最近は音楽プレーヤーが壊れてしまって、あのハープのフィギュアすら愛おしいものに変わっていた。
昼食後にうとうとしていたら、下から曲が聞こえた。僕は緩慢な動きで、それを取りに階段を降りた。うっかりしていたことは認める、あれをリビングに置きっぱなしにしてしまったのは、僕だった。
そこで、あの小憎らしい小人と鉢合わせた。奴は飛び上がって、「豆の木まで急げ!」なんて、両手に抱えたフィギュアを持って駆け出した。僕はぼんやりとそれを眺めた後、遠くで鳴った彼女らの曲を聞いた。
途端、頭に血が上った。僕の「ニマメん」と「ツミコ」を返せ、と口に出していた。
慌てて追いかけると、小人はハープのフィギュアを背負って、庭に生えていた大きな木をするすると降りていく所であった。この木は地面の下、地獄があるという地上まで続いているらしい。
僕はそれにしがみついて、遥か下で流れる彼女らの「インフルー」という言葉を追いかけた。
最近の小人たちは恐ろしい。人のものを持って行って、何をする気なのだ。泥棒は罰さなければ。
木が妙に揺れる。「ニマメん」の声が近くなる。僕は急いで、足に絡まった蔦を振り解いて……。
木が、大きく傾いた。僕は驚いて、木にしがみついた。
みしみしと音を立てた木は、そのまま、地面に引っ張られる。「やった、間に合った!」と手を叩く小人の喜びが、飛んでいく意識の外でした。
聞いてくれてありがとう。
僕の不幸話。
その後、どうなったかって?
それは、またの機会にお話させて欲しい。
僕は怒っている。小人が持って行ったのは、僕たちにとって大切なものだった。
……絶対に許さない!
続く?
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note:代月 冊
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