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自分のトリセツが書ければ幸せになれるね(質問の回答)

SNSでテーマや質問を募り、それについて書いてみたり自分の書きたいことを書いていったりしようと思っています。画像はテーマ毎に毎回書き下ろしていこうかと思います。あと、収益化は絶対しません。

質問やテーマが貯まってきたのでそこからランダムに書いていこうと思います。

本日はインスタで頂いたこちらのテーマ

「お金があるだけで即幸せ、的な風潮について」

お金があるだけで即幸せ、的な風潮。あると思います。

お金ってなんなんですかね。私は、「引換券」だと思っているのですが。サービスや物、技術等と交換してくれる券。それ自体に価値があるのかと言われたら無くは無いですが、なんでも叶える券ではないしただの紙と金属の塊ですよね。引き換え券と言ってもお金を払っただけで技術が身につくわけでもないし、引き換え券でもないかも。なんかとりあえず券っぽい。切符的な。切符持ってるだけじゃ何も起こらないですよね。

改札に通して電車に乗って初めて意味が出て来る様な。今はキャッシュレス化が進んでいるので切符使ってる人殆ど居ないか…

お金も持っているだけでは何も起きないですよね。使ってやっと意味が生まれる。その意味も人間が勝手に付けるんだろうけど。

何故、人々はそんなにお金が欲しいのか、私は昔からよく分かりませんでした。鬱病の人に大金を渡したら鬱が治った!というのをどこが見た記憶があるのですが、ここ最近の曇りや雨、気温の低下でかなり滅入ってしまっていた私は、ソファに寝転がりながら「今お金めっちゃ貰えても元気には確実にならねえな…使うのが面倒くさいもん…」と思いました。収入低下による持続化給付金も給付対象者ですが、めんどくさくて手続きしていません。それもどうかと思いますが、それくらい私にとってお金はあったら使う程度の存在なのです。寧ろあればあるだけ無駄な物に使っちゃうからあまり沢山持ちたくないのです。ある意味、お金を使うのが非常に下手なのです。もっと言ってしまえば、沢山お金があるとなんとなく色んな物が手に入ってしまって制作意欲が低下したり飽和状態になってしまうので却って不幸に向かってしまう様な気さえします。だから最近はお金を上手に使う方法を考えています。こんな事言ったら仕事がなくなりそうでめちゃくちゃ怖い!!!(笑)でも、私が言っているのは所謂泡銭というやつで、自分が楽しく仕事してそれに喜んで貰ってお金を頂くというのは健康的なお金なので健康的に使われると思っています。なんてったって今はロス〜メキシコ旅行実行すべく貯金中!あと、ギターも欲しいんだった!


それでもやっぱり、晴れた日にバイクで海に行ってボーッとするのが最高の癒しであり、歩いて銭湯に行くのが幸せと感じる様な地味な性分故にお金は足りる分でいいやあ。と思うのです。

では、足りる分とは?それは人それぞれに違います。旅行行きまくって服買いまくって遊びまくる!それが必要!と思ってる人には私の足りる分では到底足りません。けれど、旅費や被服費といった目的のあるお金は、きっと大体いくら位あればこれくらい出来るという計算が出来るので、それに向かいお金を稼いだら良いのでしょう。目的が明確であればお金も活きるんだと思います。

しかし、「お金があるだけで即幸せ」は目的があまりにも曖昧です。まず、「幸せ」の定義が曖昧過ぎるからです。そして「お金さえあれば幸せになれる」と思っている人は、自分がどういう時に幸せなのか分かっていないんじゃないでしょうか。お金に全部任せっきりで、自分がどうしたくて、どうなりたいのか全てを外部に丸投げしているように感じます。案外幸せを感じる時ってお金全く関係なかったりしませんかね?

よく「幸せにしてね!」とパートナーに言う人居ますよね。あれ、凄い嫌いなんですけど、結婚したら幸せになれるとかいうああいう類。あれに似ています。お金にも「じゃああとはよろしく、幸せにしてね」と言っている様に感じる。なれるわけないじゃないですか。西野カナのトリセツばりに、「私はこうして欲しいの!こうしたら幸せなの!」という全説明を添える力があれば、きっと幸せになれるとは思いますが、自分でもよく分かんないんだけど、誰かが自分がどうやったら幸せになれるか他人が考えて察して、その通りにやってくれれば幸せになれるんよ。なんてありえないですよね。お金も同じです。お金なんてただの物質なんで、余計不可能です。

お金に向かって「あとは全部よろしく!」って言ってどうにかなりますかね?物質は「・・・・・・」です。詳細な目的なしにはお金は意味を成さないと思います。お金はなにもしてくれません。自分の目的が明確になった時に手助けしてくれるのがお金なんだと思います。結局自分が行動しなければなりません。お金は手段に用いる一つの方法であって、目的にはなりません。自分が何をしたくて、それにはいくら掛かるのか、この計算さえすれば人は不安を少し緩和出来るはずです。「足りる分」が明確になれば怖くありません。人間にとっての不安や恐怖は「分からない」事にあると思います。話は逸れますが、差別も根本はこの「分からない不安、恐怖」でしょう。だったら知れば良い。シンプルです。

結論、「お金があれば即幸せ」は、目的が明確で実行出来る人にのみ該当する。ではないでしょうか。

テーマをくださった方!ありがとうございました!自分もかなり考えるきっかけになりました!

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