「象徴は蟻酸」「意味はにおい」

http://muse-a-muse.seesaa.net/article/414101268.html


思ったより自分なりに理解が進んだようにおもった。

意味はシンボル(象徴)といっしょになって理解されがち(自分もそう)だけど、意味という作用は動物的に見ればマーキングと似た感じになるのだろう。蟻とかなら体液かなんかでやるそれを人はシンボルを用いて行い、そこににおい-意味が生じてビーコンとなる。

価値や通念というのはそれがある程度のルーチンになって固まっていったものなのだろ。そして、蟻と違って人はマーキングに用いる象徴(シンボル)そのものを対象(獲物-オブジェクト)から分離して抽象操作できる。貨幣なんかもそうだけど象徴の交換を通じて「もの自体」「もの以前」の価値を流通させ増幅させていく。


自分的には「意味が無い」という言葉を使う/使われる時いつもぐんにゃりとした感じがあって、それは突き詰めれば人の社会で意味が無いものなんてないからだと思ってからなんだろうけど(すべて言葉で構成され認識されてるから)、通常、世間的に「意味が無い」と語用される際の「意味が無い」というのは「(彼らの世界観-文化-通念にとって)意味-価値がない」ということを表すらしい。


そう言うのとは別に、「世界には真実はなく解釈だけだ」とニーチェは言って「すべては言語ゲームに飲まれていく」とヴィトは言ったようだけど。その際の解釈というのはソンタグも言っていたように形式のドライブで、形式というのは象徴-意味を演出し増幅させたものだけどオブジェクトから離れがちになるものであるからその形式がオーバードライブしていくとそのゲームに飲まれてもとの対象から遠のいていく(→疎外)。

でも、われわれは言語を介してしか思考ができない。。のだろうか?


まあそのへんは保留として、とりあえず「象徴は蟻酸」「意味はにおい」がなんとなく確定出来たのでここではこれで是しとしよう。



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αでもβでもなくΚブロガー「正直に本心を吐露すること自体は悪くない。だがそれをしてよいかよくないか、してよい相手かそうでないか、の違いは厳として存在する」
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