8月6日  /  意味のテンプレ

ブラジルのオリンピックの開会式をなんとなく見てる。ついったのTLにつられて。

日記するので音楽だけにして開会式はTLの様子に任せようかと思ったけど、ついったをいちいち見るのもなんか気になるので

いまやってるのはNHK総合のほうの再放送でさっきまではETVでやってた。広島の平和記念式典の日なのでNHK総合ではそれを。

開会式が気になったので平和記念式典は黙祷のとこだけ合わせるべく14分から1,2分程度。あとは市長の平和宣言をちょっと聞いたけど、だいたい予想してた内容だったしあとで全文が出るのだろうから辞めて開会式にふたたびtune。Bossa Nova の演出が良い感じで、そんなに金かけてなくてもおされなってかんじの開会式に思えた。じっさいは金かかってるだろうけど。


黙祷のみ形式的にやるの?って自問しつつもやってみると黙祷の時におもったよりいろいろなことを想うものだなあとわれながら。

あのとき、実際に爆撃をくらったなかで生き残った人は瓦礫の中から這い出してしばらく何が起こったかわからなくて、ただ目の前の火の海から逃げ出すことに必死で、そうやってるうちに昼になり夕方になり、その頃ようやく空腹と疲労のなかで痛みに気づいて、、

なさけなくてつらくてひもじくて、いたくて不安でこわくて


そうやって生き延びた後、しばらくして被爆の差別をぢわぢわとくらい、あるいは家や財産を失ったことの重さがぢわぢわとのしかかり


それも過ぎて、その頃の痛みを思い出さないように過ごすようになってからも8月のこの季節が来るとあのときの記憶がよみがえる、、のだろうか。

「あのとき」の記憶ではなく、その前後の、きょうのように暑い、広島特有の夏の暑さと生き延びた夕暮れの記憶。


うちもそうだけど、特に活動をしていない被爆者はあのときのことを積極的に語ろうとはしないらしい。


<ヒロシマ>ということ: muse-A-muse 2nd http://muse-a-muse.seesaa.net/article/39864267.html



最近はバイトをするようになって8月6日のこの時間にしょうもない朝礼をしていて「東京方面の人たちはほんとにこの日のことを気にしてもないのだなあ。。」とあらためておもったりしたのだけど、きょうは休みの日にたまたま6日だったのでなんとなく黙祷できた。

例年、黙祷するということにそんなに価値を見出さなくなっていてもうショートカットしてもいいかなあと思ってたのだけど、選択の自由もなくそれができない環境にいるとやりたくなるものだなあ、と。

ジョギングとかもそうかも。きょうはサボったけど。曇りだったし、このあといろいろでかけたりするのにだるくなるとイケないので。



自分もいまポケモンGOを広島でしてたら残念には想うかも、だし、DSのドラクエでスレ違い通信がよくできていたのは平和公園周辺だったなあと思い出すのだけど、それを潰されてこういうことを思う程でもない。

平和公園という場所も既存の文脈と意味の集積という程度で唯物的に考えればそれは単なるモノであり建物にすぎない。原爆ドーム-産業奨励館は復刻版(レプリカ)だし。ポケモン以前に意味が付されていたというだけの話。それも多くの人が共有する「意味」が。その意味で公共性があり、少数の後からきた人たちが断りもなく塗り替えて従来の公共性による儀礼を踏みにじって良いものではない。なのである程度配慮のある振る舞い、儀礼的な振る舞いをすればよかったとは思うのだけどポケモンの人たちも。



「意味のテンプレ」ということだと今回のブラジルの開会式はプロジェクトマッピングが効いていたようにおもえた。さすがに国の威信をかけたイベントなのでかなりきちんと設定されていたのかもしれないけど。

ああいう形でVRを使えると予算のないところでも意味のテンプレをまとうことができる。シンゴジラなんかもそうだったかもだけど。



意味のテンプレということだとアキハバラなんかもそんな感じなのだそうな(「趣都の誕生」)。



アキハバラはいつの間にかヲタ看板が羅列されるヲタな都市になってしまったのだけど、それが目立つようになったのは95年あるいは96年以降、Windows95ぐらいの頃からだとのこと。

それまでは家電の街だったアキハバラだけど家電ショップの中心が郊外に移ったことによって「家電」の求心力を失い、あらたな耐久消費財としてパソコンに頼った。それは戦後の闇市、ラジオ部品街として発展してきたアキハバラの歴史と性格を踏まえたものだったのかもだけど。ちなみにラジオの街として発展したのは電気大学が近くにあってその学生たちが手作りラジオを作るようになったからとか。あとはラジオ部品の卸問屋的なのが集中しやすい経路依存性があった。


96年にEVANGELIONが放送されたころ、エヴァの特需でだいぶヲタグッズが売れ、アキバもそういった街へと性格を変えていったらしい。具体的にはヲタグッズとしてのガレージキット(「ガレージで作るような」、型からの手作りプラモデル。オートクチュール的な一点もの的な)がEVANGELIONの美少女たちを象るために爆発的に売れた。そしてガレキの店舗は拡大していき、アキバの象徴にしてかつてラジオのメッカだったラジオ会館のフロアはだんだんとガレキショップに侵食されていった。そのながれのなかで、ガレキの雄である海洋堂も満を持してラジオ会館に店舗を構えた。当初はそんなにアキバを意識してなくてこれも「イケるかも?」ぐらいで出してみたらどんとイケたみたいな感じだったらしい(大幅略)。

まあラジオ会館は行ったことないので一回いっとこう。いまはそれに加えてレンタルスペースのボックスが立ち並ぶ異様が見ものなのだそうな。


レンタルスペースの透明なボックスがモノとしてはシンプルなのに中に入っている、展示されているお宝たちによって独特のアウラ(意味)を放つように、アキバのビル群はつくりとしてはシンプルでのっぺりしているのにその上に独特のヲタ看板やヲタ垂れ幕をまとって異様(アウラ)を放つ。

その様子はかつてオウム真理教のサティアンがもっていたシンプルすぎる外観に同期する、のだそうな。

宗教施設というのは外観にも気を使い、そのデザインをもって有り難み演出をして客を惹きつけるところがあるものなのだけどオウムのサティアンにはそれがなくて建築家たちを戦慄させた。「オウムのサティアン以降、われわれは建築できないかもしれない。。」は磯崎新だったかな?

彼らの施設がシンプル過ぎたのは、それが仮の住居のつもりだったからのようなのだけど。あの時点では富士の爆発を防ぐための祈祷所としてサティアンを考えていたとか。なのでそのワンポイントとして。

では、オウムの人々はそういった意味世界にはむとんちゃくだったのか?というとそうでもなくアニメとかで布教活動はしてたとか。外観にはデザイン-意味をまとってなくても彼らの中では意味空間が広がっていて、とかなんとか。

その様子、PC世代という彼らの様子からしても、それはヲタグッズが山積した万年床のワンルームに燦然と光るPCモニタ的なヲタ部屋を想わせる。外身は汚いけど意味の世界はきらびやか、みたいな。オウムの人たちもビルの外身は汚い-むとんちゃく、であったけど道場内の意味の世界は輝いていたのだろう。



ポケモンGOによってようやくにAR的なものが拡がりそういった意味の空間が具体性を帯びて展開されていく未来を想ったりする。具体性であり恣意性をもって。










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αでもβでもなくΚブロガー「正直に本心を吐露すること自体は悪くない。だがそれをしてよいかよくないか、してよい相手かそうでないか、の違いは厳として存在する」
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