レイン。〜群昌美、横山黒鍵 連詩〜

窓を打つ雨粒が滲ませていく光は微笑みの行方さえくらました鳥の目の闇(attack)です。
蝋付けの翼では手紙が書けません、だから私は上手くもない歌を歌います。
喉から血が吹き出す乾きと呻き、ティンパニが鳴り響く夜は背骨を駆け登り孤独の波紋に怯えながら、私はあなたにも分かる言葉を探さねばなりません。
 
                               白い絨毯、指を這わせて手紙のふりをする。雨、は誰の足音なの。雷鳴はあなたの街に届きますか。明滅する電球。その光と闇のあわい。群鳥の影が絨毯を泥土のように染め上げて、あなたが好きだった歌は私の指、その木立の奥で誰も濡らすことのできなかった雨音となります。

        忍ばせたささくれ(decay)、それがシーツに皺を寄せます。丁寧にたたまれたひだまりの匂いをあなたは覚えているのでしょうか。音曲の金魚たちが尾びれを震わせて、願うならひららかに舞うカーテンのスカート。私は寡婦となり、燭台の下で指を編むのです。影を捕まえる為の網を。

                       化粧を施した女たちは歪なマネキンを真似て白い肌に尾びれを生やす。金魚はやがて水槽のなかパール色の気泡を吐いて夏の水面を見上げるでしょう。あなたは陽の光を閉ざし燭台の上で美しい足首を灯す。そしてゆれる敬虔な影に落とす眼差しの網は細い指先がやがて引き裂く。


      観測にもたらされた窒息は十字路の中心点を鮮やかに繁茂する。その花の名は空のウロコといいます。毒性が強いので口にはしないでください。沈黙のガーゼで縫いあわせた帆布に唇の型取りがいっそう華やかで。面舵をとれ、ヒールにより穿たれた点Pに次々と追い越されていく。
 
                        両手いっぱいに窒息のブーケを抱えて沈黙の水路を行く。胎児のように眠りながら球形の関節と爪先は行方を知らない。消失した十字路であの歌を聴く。あなたの血が水に、街に混ざってゆくとき、あなたの歌が私の身体に新たな背骨を成形する。私の奥歯が震え、窒息を手放す。


    選別の暗い空(sustain)にあなたは生まれた。灰色の曲がり角、降りしきる語彙に次々と芽生える肋骨を震わせて。はしごを昇る、湧き上がるちいさな泡が祝祭を象り、どこかで振り払われるオーボエの細い祈り。憂鬱なのは傘が破けたからです、間接話法に閉ざされた古い歌が舌の上で滞り、続きをせがんだ。
 

                               濡れる。黒くなる。すべてへ。投棄された傘。異形の裸花。その細い身体でなにを歌えるのかと目に映る事物ひとつひとつの輪郭を震える声帯で包んでいった。くぐもった声。強く縫合された帆布が示す新しい風向き。木葉の擦れる音、駈け抜ける運指。朝が忘れることを再演する。

               幕間を辿るように夕顔の蔓が掴んだ光は、残滓と呼ばれる肉体の欠片でした。摘んだはしからほどけていくそれはとても拙くて、もしかすると同じ口形に調律されていたのかもしれません。素知らぬようにつたいゆく雨粒が私の輪郭線を潤び、まるで嘘のように整えられていきます。夢の中で温もりはとても悲しかった。


 
 
     「紅茶を淹れる。」



           支持体のない螺旋。思惟の仮死を味わいながら歩行する。手を伸ばせば触れられるその先にあなたの知らない人がいて前触れもなくわたしの視点は鳥になる。そして分割され、ゆっくりと引き離されてゆく矩形の夢を眺めていた。夢でしか会えない人がいることに悲しみ、安堵する。
 

                             背骨の残した影から遊離して転調の焚き火を始める。湿った薪が弾ける音が密談に変わる時、湯気を吹き上げたケトルから溢れた涙と焦げる匂い。私達が屋根を透かして見上げたのは純粋と呼ばれる何かではありませんでした。やわらかい素足を傷つけながら進む直角の海の中、口笛で呼び寄せる名前を探す。


                        アルミナ、立ち昇る香気の中でわたしは目を背けてきたことを黙認する。気化するもの。死臭を放ち、腐り落ち、やがて土に還るもの。わたしの膚は土の冷たさも知らずに火の青さに脅えている。早く靴を脱いでこっちへおいでとしなやかに折り曲げられた骨の間隙に宝石を失くす。

 
        瞬時に萎びていく幼心が月を濁らせて。炎色反応にちらつく、幽閉された口伝えの汗は鈍く光った。その手にするものの価値を測ってしまえないから、私は澱を漉く。香気さえ揺るがせない陽光の記憶が梔子の白に映えて眩く、通過するたびに私は生まれる。鳥の肌さえ懐かしい。


                      純種の光、記憶に刃を立てて。躍動する牝馬の彫像。朝露に濡れた草原。蹴り上げる後肢を緑に染めて。艶やかな後背の毛並み。湿潤な風土を想起させる熱を蓄えた母体。頬を埋め、温かい涙。薄れてゆく菜の花の香り。わたしは朽ち果てた窓枠を抱いてまた会いにゆきたいのです。
 
 
……血液、精液その他諸々。水分を吸着させるには粉末が有効であるといいます。目蓋に撒かれた眠りもまた粉末であることでしょう。涙の一滴に屹立する花の雌しべに立ちすくむあなたを迎えにいく。蜜蜂の八の字が出口を指し示すならゆっくりとその誘いに乗りましょう。   


            瓶詰めにした梔子の種子を見つめる。半睡の目はまだ濡れたままで。指先で触れたコルク材の蓋は脆く崩れて汗で付着した顆粒がざらついた。それを絨毯に擦り付け、まどろみの中、終わりのない数字をなぞる。やがて来る決別に思い煩いながら間断的な接触を試みる蜜蜂のように。


                            割り切れないのは悪ではないと、何度も口を漱ぐ。整列したn、の小文字から不確かな拍動を受けて、私はまだ窓を開けることができない。花束、蝶々結び、片手で数えられるだけの風景をちょうだい。滲んでいく、それを防ぐためにベッドの周りには花が増えて、冷徹な鉄を打ち付ける音に光を伴って咲く。泥濘む葬列のラッパは錆びている。   

 
 なんて壮麗なんだろう。水の告別。参列するのはあなたがあなたである由来。わたしがわたしである由来。その細分化された過去が、演奏のための傘をさし歩いてゆく。棺に納められた、生まれたばかりのあなたとわたし。雨音がくすぐったくて、水仙のように、初めて破顔する。 


               夜。澄んだ水を湛えられないから蝶を放つ、文を結び。そして常に新しくこぼれるあなたに出逢う。雑踏の中だったり、草原だったり、窓辺だったり。相変わらず不器用ですがどうぞ良しなに。遥かと呼ばれた時の中に遍在する様々な行為が名詞を凌駕して。欠けたティーカップ、変遷するエンベロープ、そして、物語をしたためることなく折れた鵞筆(promise)。
 
 
 
 

 
 
 
 
 

         「蝋燭を、吹き消した。(release)」 
 
 
 
修繕された窓に新しくしつらえた鍵は白銀の蛹。花を飾る。夜が水を湛えている、その符牒として。まだ憶えています。あの、ひだまりの匂いを。n、の小文字が靴紐を結び直すあなたに見えた。窓は開けておきます。わたしは修飾のない割物をひとつひとつ薄紙で包み、重ねてゆく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
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一頁〜三頁偶数連    五頁〜十頁奇数連 十二頁   群  昌美
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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      レイン 。      
 
発行日   平成二十六年七月六日 
著 者  群 昌美  横山 黒鍵
発行者        横山 黒鍵
 

 
 
 

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